前年(1934年)、代表作の一つである「オリエント急行の殺人」を出すなど、考古学者マックス・マーロワンと再婚した後のアガサ・クリスティーは好調を維持していた。この年(1935年)には、「雲をつかむ死」や「ABC殺人事件」も発表されていて、第一次のピークを迎えていたというべきだろう。本書もその好調を証明するかのように、偉大な探偵エルキュール・ポアロが鮮やかな推理を展開する。当時45歳だったクリスティーは小説だけでなく戯曲にも守備範囲を広げていて、本書には演劇界の関係者が多数登場する。
50の坂は越えて引退した名優サー・チャールズが、自らの別荘に12名の客を招いたパーティの席上、温厚で知られる老牧師が突然死する。これが第一幕。別荘を明け渡したサー・チャールズは、演劇界のパトロンであるサタースウェイト氏と南仏で遊んでいたが、そこに第一幕の関係者多数が出席したパーティで、主催者の医師サー・バーソロミューが毒殺されたことを知る。これが第二幕。
サー・チャールズらはイギリスに戻り、サー・バーソロミューの死と以前の牧師の死の関連を調べ始める。果たして墓から掘り出された牧師の死体からは、サー・バーソロミューと同じニコチン毒が検出された。ここから名探偵エルキュール・ポワロが登場、第三幕として本格的な捜査が始まる。
サー・バーソロミューのところからは臨時で雇われた執事エリスが失踪していて、警察は彼を重要参考人として追っている。しかしパーティの席上でその人物にだけ毒入りのグラスを渡すことは難しく、ほかにも腑に落ちないことが多いことから、エリス犯人説をサー・チャールズ、ポワロ、サタースウェイト氏にエッグというあだ名の若い娘が加わった4人は信じない。さらに一人の老婦人がニコチン毒入りのチョコレートで殺されるに及んで、ポワロは第一・第二の両幕に登場した人物を集め一計を案じるのだが・・・。
とびきりとは言えないまでも、面白いミステリーである。ポワロの最後の台詞もしゃれているし・・・。ただ僕が注目したのは、無味無臭無色のニコチン毒が全ての事件の凶器であること。これには伏線があって、1932年に米国でデビューした覆面作家バーナビー・ロスの「Xの悲劇」でこの毒が使われているのだ。