新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

テムジンの参謀(前編)

 以前「中国の歴史」や「小説十八史略」という歴史大作を読んで、陳舜臣の鋭い歴史感に感心したものだが、同時に作者の日本語使いも見事だなと思った。各6~7巻という大部で、難しい(登場人物の名前も・・・)内容なのに、すらすら読めたからだ。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/05/09/000000

 

 今回読んでみたのは「耶律楚材」全2巻、モンゴル帝国初期の宰相なのだが名前から分かるようにモンゴル人ではない。彼は契丹族の出身で女真族の王朝である「金」の都燕京(現在の北京)で生まれた。「楚材」とは外国で用いられる人物の意味である。北方騎馬民族である女真族契丹族の「遼」を滅ぼし、漢民族の「宋」を南へ追いやって建国したのが「金」。楚材の父自身も、彼にとっては外国の「金」で働いている。

         

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 「金」も同じ北方騎馬民族であるモンゴル族らの侵攻は警戒して、モンゴルの部族を離間させ内紛を続けさせる政策をとっていた。しかしついにモンゴル族の統一をテムジン(後のチンギス・ハン)が成し遂げる。一旦統一されてみると、長年戦闘を続けてきただけあってモンゴル族の戦闘力は群を抜いている。降伏させた周辺部族(契丹族も含まれる)を先兵に燕京に押し寄せるモンゴル族に、「金」は首都を明け渡して南へのがれた。

 

 天文はじめ政治や芸術に秀でる楚材はテムジンに見いだされ、モンゴル族の「参謀」の列に加えられる。天文という分野は「占い」を含む。今は侵攻の時期ではないとか、攻める方向は南から良いとか、軍事作戦にも関与することになる。

 

 当時のモンゴル族の無学さは驚くばかりで、彼らには「文字」というものがない。世界史最大の覇者チンギス・ハンは、文盲だったわけだ。戦闘には強いモンゴル族だが、占領地の軍政の経験も皆無だ。もともと領土という概念がない遊牧民族だから、敵国の城を陥落させても「屠城」という略奪行為をするだけで引き揚げてしまう。もちろんその跡に生き物は残っていないのだが・・・。

 

 楚材はテムジンをいさめ、略奪ではなく占領し施政を敷いて市民の力を味方につけるように説く。テムジンも理解はするのだが、配下のモンゴル軍団は略奪だけがモチベーションなので直ぐには方針転換できない。

 

<続く>