新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ISIS+大量破壊兵器の目標は?

 作者のジョエル・C・ローゼンバーグは、「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー作家だと紹介文にある。著作の出版総計は300万部をこえているそうだが、邦訳は本書が最初とのこと。2015年発表の本書は、4年後の今でも現在進行形のシリア内戦とその周辺国の暗闘を未来予測的に描いたものだ。2014年以前の状況を精緻に調査した結果であることは、巻末の参考文献をみてもよくわかる。

 

 プロローグ代わりに、1951年のヨルダン国王暗殺事件を間近で見たアメリカ人記者A・B・コリンズの体験が語られる。その65年後、孫のJ・B・コリンズ記者がレバノンにやってくるところから物語は始まる。シリア内戦はISISの攻勢で政府軍が劣勢に立っているが、アサド政権をよく思わない米国はISIS退治に本腰を入れていない。ISISは、勢力を伸ばしてイラク北部も占拠してしまう。周辺のイラクイスラエル、トルコの動きも微妙で、これに国を持たないクルド人勢力がからんで混沌とした状況にある。

 

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 シリア奥地でISIS幹部のインタビューを試みるコリンズは、廃墟と化したシリア第三の都市ホムスを抜けていく。この街の描写がリアルで、シリア紛争の悲惨さを教えてくれる。ISIS幹部のインタビューを成し遂げたコリンズは、極秘に進むパレスチナイスラエルの和平交渉と、ISISがアサドが隠し持っていた化学兵器を強奪したことを知る。

 

 ISISはイラクの刑務所にいた最高幹部を武力で奪還、イラク人をサリンの実験台にして殺すシーンが背筋を寒くさせる。ISISがパレスチナイスラエルの和平の瞬間を狙って大量破壊兵器を使うと考えたコリンズは和平交渉の場であるヨルダンに向かうのだが・・・。中盤から後半のスピードとサスペンスはさすがに大家のもの。現実にはISISは封じ込められるのだが、これはあり得たIFである。なにより日本人にわかりにくい中東のパワーバランスを丁寧に教えてくれるのがありがたい。

 

 あまり知られていないヨルダンという国が、中東安定に大きな役割を果たす可能性を作者は強調している。パレスチナイスラエルに仲介者の米国、場を提供したヨルダン4カ国の首脳に襲い掛かるISISの魔手とコリンズは戦うことになる。ラストシーンの終わり方は、めったに見られないものでした。