新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

双子の天才戦闘機乗り

 「鷲は舞い降りた」などの戦記物で知られるジャック・ヒギンズが、しばらく筆を措いた後1998年に発表したのが本書。第二次欧州大戦を舞台に、数奇な運命に翻弄される双子の天才パイロットを描いた傑作である。主人公のハリーはアメリカ人だが、欧州が戦火に包まれた1939年フィンランド空軍に加わってソ連軍と戦う。

 
 「冬戦争」とも言われた短い戦いがフィンランドが屈した形の講和で終わると、英国に渡りナチスドイツを相手に「英独航空戦」を戦った。ハリーは多数の敵機を墜とすのだが、戦果を申告しなかったり戦友に譲ったりして認められた撃墜数は40機あまり。それでも抜群の戦果で、佐官に昇進する。
 
 一方ドイツ空軍にも「黒の男爵」と呼ばれた天才パイロット、マックスがいた。フランス電撃戦、英国の戦い、北アフリカ、東部戦線を巡って膨大な撃墜機数を誇り、こちらも佐官になった。この二人、制服を脱げば見分けがつかない。それもそのはず、二人は一卵性双生児なのだ。二人の父親は第一次世界大戦で戦死したアメリカ軍人、母親はドイツ貴族であるアドラー男爵夫人。男爵夫人が夫の死後ドイツへ渡るとき、マックスだけを連れ帰った。ハリーは父方の祖父ケルソー上院議員に育てられた。
 
 二人の戦場での活躍や転戦の模様は、個々にも十分一編の戦記小説になるほどだ。ハリーは頑固に英空軍に残ろうとするのだが、参戦した米軍も英雄を求めていてアイゼンハワー将軍自ら米軍への帰還を命ずる。アドラー男爵夫人は世間知らずゆえ、反ヒトラーの貴族たちと付き合い窮地に立つ。歴戦の猛者マックスもヒトラーヒムラーの前では消耗品にすぎない。

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 ヒギンズは両者の運命のからみを後半に用意していた。フランス上空でハリーが撃ち落され捕虜になると、ヒムラーはマックスをハリーとしてイギリスに送り、アイゼンハワー暗殺をさせようというのだ。人質にされた母親を救うため、双子の息子たちはやむなくこの陰謀に加担する。
 
 メッサーシュミット109、ハリケーンスピットファイアはもちろん、シュトルヒ偵察機ライサンダー輸送機など多くの航空機が登場し、いずれも重要な役割を果たす。まさに航空機作家ヒギンズの真骨頂のような作品でした。「黒い男爵」というネーミングも素敵だしね。