新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

イギリス貴族の「笑劇」

 以前デビュー作「誰の死体?」を紹介したドロシー・L・セイヤーズの第二長編が本書である。デビュー作については、カッコいい貴族探偵ピーター・ウィムジー卿を主人公にした本格ミステリーとして同時期のライバルであるアガサ・クリスティより上手いかもしれないと思った。レギュラー探偵のシリーズでは良くあることだが、何作目かで「探偵役自身の事件」が描かれることがある。例えば内田康夫は「最低3作浅見光彦ものを読んでから読んでほしい」という条件を付けて、「浅見光彦殺人事件」という一冊を書いている。

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 本書は(早くも二作目で)ピーター卿自身の事件である。コルシカ島を旅していたピーター卿に届いた悲報、それは妹であるレディ・メアリの婚約者が銃で撃たれて死に、兄であるデンバー公爵に殺人容疑がかかっているというもの。イングランド北部のリドルズデールで起きた事件で、物語は冬のヨークシャーといううら寂しいところで展開する。容疑をかけられながら頑としてアリバイを話すことのない兄、社会主義者の男と別れきれずに婚約者を持った妹など、親族の証言さえ信用できない中、ピーター卿の兄の無実を晴らす闘いが始まる。
 
 ピーター卿自ら「手がかりがありすぎる」と悩み、正直手あたり次第の捜査になるのだが、ピーター卿を次々と危機が襲う。社会主義者を追うとき拳銃で肩を打たれたり、荒れ地を歩いていて底なし沼に飲まれたりする。リドルズデール荘の書斎に残されていた「吸い取り紙」からヒントをつかんだピーター卿は、事件のカギを握る女性を突き止め、パリからニューヨークへとその女性を追う。そのころ、英国では兄の裁判が始まっていた。
 
 事件そのものはそれほど意外な展開は見せないのだが、貴族ばかりで構成された裁判の迫力はなかなかのものだ。ニューヨークから飛行機で証拠を持ち帰るピーター卿の活躍で、兄の無実は証明され事件は解決する。
 
 まあ面白かったなと思って解説を読んだ。すると、作者の母親がパロディ作家で素人(喜劇)女優だったことが明かされていた。解説者によれば、セイヤーズの書きたかったものは本格ミステリーではなく「笑劇(ファース)」なのだそうだ。そう、ディクスン・カーが大好きなあのドタバタ劇。その見方をするなら、高貴な人たちが殺人容疑をかけられたり底なし沼にはまったり市民の好奇の目にさらされること自体が「笑劇」とも言える。視点が変われば風景が変わる、だまし絵のようなミステリーだったのかもしれません。