新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

技術のいたちごっこ

 三匹の小魚を描いたUボート「U333」で何度も死地を潜り抜けて、ペーター・クレーマー艦長は終戦まで生き延びた。有名なUボート艦長の大半が戦死しているわけで、捕虜になれば幸運な職業とも言える。本書は、そのような地獄を行き抜いたUボート艦長の手記である。

 
 U333は第二次大戦でドイツ軍が700隻あまりも投入した、主力Uボート「VⅡC型」の1隻である。
 
◆VⅡC型
 ・水上排水量 770トン
 ・水上出力 2,800馬力/水中出力 750馬力
 ・水上速力 17.0ノット/水中速力 7.5ノット
 ・水上航続力 6,500カイリ
 ・潜航深度 120m
 ・魚雷発射管 4/搭載魚雷 11
 ・乗員 44名
 
 参考までに日本軍の海大7型のデータを記す。
 
◇海大7型
 ・水上排水量 1,630トン
 ・水上出力 8,000馬力/水中出力 1,800馬力
 ・水上速力 23.1ノット/水中速力 8.0ノット
 ・水上航続力 8,000カイリ
 ・潜航深度 80m
 ・魚雷発射管 6/搭載魚雷 12
 ・乗員 86名
 
 海大型が駆逐艦並みの大きさで、大きな出力と水上速度をもっているのは、艦隊に随伴して「艦隊決戦」に参加することを想定しているのに対し、VⅡC型は通商破壊戦を目的に設計されたことがよくわかる。
 

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 開戦当初はごく少数のUボートが参戦していただけだったが、戦果は続々上がりUボートの被害もほとんどなかった。しかしイギリス海軍が護送船団を組んだり、護衛艦を強化するとUボートにも被害が出始めた。アメリカが参戦し、陸上機が飛び交い小型の空母までが船団護衛を始めると、その傾向は強まった。
 
 本書は1943年5月に、デーニッツ海軍司令がヒトラーUボート戦力が危機的状況にあることを告げるシーンから始まる。ヒトラーは怒り狂うが、連合軍の対潜水艦能力(技術)は飛躍的に向上していたのだ。
 
 ドイツの技術陣も、レーダー探知機を開発したり音響魚雷(スクリュー音を追いかける初期のホーミング魚雷)を実戦投入した。すると連合軍は護衛艦が曳航する吹鳴ブイで音響魚雷を爆発させようとする。これを知ったドイツ軍はそのブイの発する音に耳をふさぎ、ブイを通過してからスクリュー音を検知するように改良する。
 
 この様子をクレーマーは「殺し合いともなれば、人間の発明の能力は無尽蔵」と淡々と評している。多くの友人・仲間を失った者としては、極めて控えめな表現だと思う。彼は「生命保険」というあだ名さえ貰ったサバイバルの達人だからこそ言える言葉だろう。なぜ彼だけが生き残ったか、彼自身が述べている。
 
 第二次大戦がはじまった時、彼は潜水艦でなく駆逐艦の砲術士官だった。どうやって潜水艦から艦隊を守るのか、どう潜水艦を追い詰めるのかを考えていたという。ビジネスの世界でも同じだが、相手のことが自らの経験として分かっているものは強い。クレーマーが、戦果はともかく生き残るという素晴らしい偉業をできた原因はそこにあったと思います。