新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エスピオナージの詩人

 本書は、英国秘密情報局(SIS)員、バーナード・サムスンものの第二作(1985年発表)。もうすぐそこに「ベルリンの壁」が崩れるのだが、それは後世の人の後知恵。確かにソ連をはじめとする東側諸国は経済的に行き詰まっているのだが、それでも欧州一帯では西側を凌駕する戦力を持っていることも確かである。

 

 英国そのものもかつての繁栄は取り戻せず、本書でも金満の米国情報部に比べて、SISでは予算が足りないとの不満も見られる。前作で、自らの失策ではなくSIS局員としての評価を下げてしまったサムスンは、因縁深いKGBの少佐と接触するよう命じられてメキシコシティにやってきた。

 

 エーリッヒ・シュティンネスとドイツ名を名乗るこの少佐、妻のインゲこそドイツ人だが本人はニコライ・サドフという名のロシア人である。KGBでも腕利きとされ、実際サムスンを捕らえたこともある。ただドイツ人の妻がいるせいか出世は遅れ気味で、40歳になった今でも少佐どまり。目安である大佐への昇進は、難しいように見える。

 

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 ベルリン生まれでドイツに知己も多いサムスンに与えられたミッションは、シュテンネスをエンロール(寝返り)させること。前作同様、ユダヤ人のベルナーたちが協力してくれるが、うるさい上司たちの目も光っている。慎重にシュテンネスに近づき寝返りの目があると感じたサムスンだが、彼自身の周辺にも怪しげな事件が起き若い局員やサムスンと親しいKGBの手先など犠牲者も出る。

 

 「エスピオナージの詩人」ともあだ名される作者のレン・デイトンは、前半冗長とも思える展開を独特の文体・表現でつないでゆく。プロットも独特で、本来最後のシュテンネスをメキシコから脱出させるところがハイライトなのだが、より迫力があるのが全体の3/4のところにあるロンドンでのシーン。

 

 サムスンをとりまく「事件」は、サムスンから見るとKGBが彼を裏切り者に見せようとする工作なのだが、上司たちはシュテンネスをエンロールするのではなくサムスンがすでにエンロールされているのではないかと疑っている。多くの事件が視点の違いで全く反対の意味を持つ、だまし絵のようだ。SISの一室で、サムスンは上司たちに追及され反論する。

 

 同じ情報でも見方で意味が変わる「だまし合い」の世界、十分堪能しました。次の「ロンドン・マッチ」が大団円です。