新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

フレデリック・ダネイのヒント

 3年前に亡くなった夏樹静子の代表作が本書。彼女の本名は出光静子、新出光の会長夫人でもあった。慶応義塾大学在学中からミステリーを書き、乱歩賞候補になったことからTVの推理クイズのレギュラーライターも務めた。大学卒業後結婚し夫と共に福岡に移り、しばらくは専業主婦だったが、出産を契機に書いた「天使が消えてゆく」で再び乱歩賞候補になり本格的に作家の道に入った。

 
 ミステリー通の例にもれず、エラリー・クイーンが大好きで、実際に私淑していた時期もある。本書はフレデリック・ダネイ夫妻とともに旅行した時にアイデアを話し、ヒントももらって書き上げたもの。有名な「Xの悲劇・Yの悲劇・Zの悲劇」に迫るものをと願い、ダネイの許可も得て「Wの悲劇」と名付けた作品である。
 
 日本を代表する製薬会社の会長一族和辻家の面々が山中湖の別荘で正月休みを過ごしていた時、誰からも愛されている大学生の摩子が伯父である会長与兵衛を刺殺する悲劇が起きる。親族一同と摩子の先輩で家庭教師役の春生は、摩子を東京に送り返した後外部から侵入した犯人の仕業に見せかけ、死亡時刻をごまかすことで摩子を守ろうとする。

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 しかし完ぺきと思われた偽装工作が、特に優秀とも思えない警官に少しづつ暴かれてゆく。どうも一族の誰かが裏切り、目立たないようにだが警察に疑惑を持たせたり証拠のかけらを提供しているらしい。追いつめられた摩子はついに犯行を自供、逮捕されてしまう。
 
 前半の倒叙ストーリーから一転、後半は裏切り者は誰でその目的は何かということが読者に付きつけられる謎である。ポイントとなるのは「民法891条の2項」、相続人が殺害された時殺害した人物はもちろん、それを知って隠蔽したものには相続権が認められないというもの。これが一枚岩に見えた和辻家の面々を疑心暗鬼に陥れる。これは「争族問題」なのだ。
 
 代表作だけあって十分面白かったのだが、有名すぎる「悲劇シリーズ」に挑戦というところまでは行けなかったと思う。限定された容疑者の中で、完全に読者の死角に入っていた犯人を名探偵ドルリー・レーンが指摘するような鮮やかさまでは届かない。でもダネイがどんなヒントを出したかは分かるような気がします。エラリー・クイーンが晩年多用した手口である「マニピュレーション」の使い方だったはずです。