以前「裁くのは俺だ」を紹介したが、その作品でデビューしたのがバイオレンス作家のミッキー・スピレーンとその主人公マイク・ハマー。本書はマイク・ハマーものの5作目にあたる。書評では通俗的なハードボイルドの亜流と紹介され、タブロイド紙専科のように言われているスピレーンの諸作だが、比較的本書の評判はいい。
ニューヨークの私立探偵でタフガイのハマーだが、意外に子煩悩な面を本書では見せる。いつものようにハマーが酒場で呑んでいると、赤ん坊を前に泣き崩れる男がいた。男は意を決したように立ち上がると、赤ん坊を残したまま雨の道に飛び出したところを撃たれる。男を追ったハマーは銃を撃った男の足を撃ち(.45口径でだからぞっとする)足止めするが、共犯者が犯人をひき殺して逃げ去った。
怒りのハマーは赤ん坊をアパートに連れ帰ると、仇を討ってやると誓う。彼は殺人課のチェンバース警部と情報交換をしながら、依頼人のいない独自の捜査を開始する。今回の事件の背景はギャンブル、競馬のような比較的健全なもの(ハマーは$4,000も勝つ!)から、クラップス、カードゲームとより怪しげなギャンブルが登場する。ちなみに作中グラス1杯のウィスキーが50セントくらいだから、今の日本円にするとハマーは400万円ほど勝ったことになる。
赤ん坊の父親は、前科のある金庫技術者だとわかる。どうも彼に金庫破りをさせるために、イカサマ賭博に巻き込んだ連中がいるらしい。地方検事が執拗に追うのだが尻尾を出さない賭博の元締め、元締めに使われている私立探偵の免許をもったヤクザ、競馬のノミ屋や高利貸しなど怪しげな人物が次々出てきて、何人かは殺されてしまう。さらに以前心臓発作で死んだ暗黒街のボスの名前が、捜査を続けるハマーの耳になんども聞こえてくる。賭博の元締めたちが何かを探していることはわかるのだが、それに迫るハマーは何度も襲われついには賭博師一派に誘拐されてしまう。
やたら扇情的なシーンの多いスピレーンの作品だが、本書はその辺は抑え目。赤ん坊を残して死んだ男に哀惜の思いを持つ、ハマーの独白がなかなかいい。とはいえ体当たり的な捜査が基本のワイルド私立探偵、あたって砕けているうちに死体の山が積み重なるのは仕方ないところ。300ページ中3/4を過ぎたあたりで解決は見えてくるのだが、謎解きミステリーではないので無理もない。