新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

寒い国から帰る前に

 ジョン・ル・カレという作家は、言うまでもなくスパイ小説界の大御所である。デビュー作「死者にかかってきた電話」はさほど売れなかったものの、第三作「寒い国から帰ってきたスパイ」はベストセラーになった。以降、「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」など大作を次々に発表、荒唐無稽のスパイものとは違うリアルなストーリーに定評がある。

 
 「死者にかかってきた電話」はのちに「寒い国から帰ってきたスパイ」と合本されて再版され、ル・カレの原点として好事家の間では珍重されているらしい。あれ、じゃ第二作は?と思っていたら、本書が手に入った。
 
 1962年発表の本書「高貴なる殺人」が、彼の第二作。スパイものではなく、れっきとした本格ミステリーである。主人公で探偵役のジョージ・スマイリーは「死者にかかってきた電話」でも主役を務めていて、本書の時点でも諜報活動は続けている。
 
 事件の舞台はイギリスの田舎町カーン。名門パブリックスクールであるカーン学園の教師ロードの妻ステラが殺され、ロンドンの慈善事業団体にステラの「夫に殺される」という手紙が届く。慈善団体はカーン学園のフィールディング教官の知己でもあるスマイリーに現地に行って調査をするよう依頼、スマイリーはすぐに列車に乗った。

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 第一の容疑者は、ステラがよく面倒を見ていたジプシーの女。精神異常があって、まともに取り調べることもできない。第二の容疑者は夫のロード教官なのだが、こちらも決め手がない。日本人には馴染みがないことだが、厳然とした階級社会のイギリスでは名門パブリックスクールの権威は高く、スマイリーはオックスフォード出なのだがパブリックスクール出身者ではないので現地では軽く扱われてしまう。
 
 カーン学園の教官のほとんどはこの学園の卒業生、ロード教官はグラマースクール上がりだというので教官仲間からは白眼視されているようだ。ロード教官はもちろん市民階級出身だが、ステラの実家グラフトン家は土地の名士(おそらく貴族の末裔)である。
 
 ミステリーとしてどうかと言われれば、ありきたりな作品だと思う。売れなかった理由も分かるし、ル・カレがその後スパイものに精進してゆくきっかけになった作品なのだろう。しかしパブリックスクールの教官や生徒の言動は、イギリス社会のある面を見せてくれる興味深いものだった。組織とか地域のように大きなものに抗って生きている人の姿を描くという意味ではスパイものと同じなのですが、どちらが向いているか、読者にうけるかはやってみなくては分からないものなのでしょう。