新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

新訳は読みやすい

 新潮文庫版の「813」を読んで、ルパンものの最高傑作と言われるこの作品にさほどの評価ができなかったことは、以前に紹介した。その中で、フランス文学界の重鎮の方の翻訳だったのも評価できない一因ではないかと述べた。しかし、重鎮の方に忖度して新訳は出しにくいだろうなとも思っていた。

 

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 しかし今回、ハヤカワミステリーで、ルパンのデビュー作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」を含む短編集が、新訳で出ているのを見つけた。本書に収められているのは9編、デビュー作から「遅かりしシャーロック・ホームズ」まで、1907年にまとめられた短編集である。訳者によれば、ルパンものは子供向け翻訳も出ているしそれに馴染んだ読者も多いだろうが、「大人の読み物としてのルパン」を目指したとのこと。
 
 長さは30ページほどが基本。「ハートの7」だけは倍の長さだが、おそらくは雑誌などに前後編で掲載されたものだろう。シャーロック・ホームズもそうだが、ルパンも長編(当時は今のように1,000ページに及ぶようなものではなく200ページ強)よりも、短編での冴えが目立つ。本質的に「本格探偵小説」は短編が基本であることがわかる。
 
 改めて「怪盗紳士ルパン」を読んでその特徴を見てみると、組織犯罪の長であることがわかる。しかし「ルパンⅢ世一家」とちがうのは、手下たちの個性は全く描かれず名前さえ出てこないこともある。あくまで手下は手下、組織のTOPであるルパンだけが目立つのである。
 
 ここでよく使われるトリックは、「一人二役」とそのバリエーション。ホームズものでも時々出てくるし、「隅の老人もの」では多用された(作者の)テクニックである。パリ警察のエースであるガニマール警部などは、何度もこの手でだまされ挙げ句は自分に化けたルパンの手下に出し抜かれる始末。
 
 新訳はたしかに読みやすく、大人の読み物になっていました。100年経っても色あせない、これは大変重要なことですね。