新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

3つのトリック

 森村誠一はホテル業界に10年勤めた後、推理作家に転じた。第三作「新幹線殺人事件」は、緻密なアリバイトリックと地道な捜査を描いてベストセラーになった。新幹線車中で起きた第一の事件に続いては、高級ホテルが舞台となる第二の殺人が起きる。この作品については、40年ぶりに読んで以前紹介している。

 

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 それに先立つデビュー作が本書。ここでもホテルで起きた2つの殺人事件を追う、刑事たちの姿が描かれている。2つの大手ホテルチェーンが覇を競う中、一方のチェーンの社長が自らのホテルの専用室で刺殺される。高度成長期の真っ只中、インバウンド需要獲得とか、外資系チェーンとの提携など50年後の今と変わらない言葉が飛び交う。
 
 ホテルマンから事情聴取する刑事たちは、フロントキー、ドントディスターブなどのカタカナ用語に辟易する。やがて自らは鉄壁のアリバイを持ちながらも共犯者ではないかと疑われた社長の女性秘書が、福岡のホテルで毒殺される。
 
 彼女に憧れていて、そのアリバイを一夜を共にするという形で提供した平賀刑事は、複雑な怒りをもって真犯人を追う。やがて浮かんだ容疑者には、福岡の事件当日東京のホテルに籠っていたという鉄壁のアリバイがあった。
 
 まず第一の事件が完全な密室で行われ、ルームキー・グランドマスターキー・フロアキー・フロントキーのいずれも犯行に利用された可能性がないと言う謎が読者に突きつけられる。続いて東京・福岡間の飛行機を使った複雑なアリバイ工作、最後にホテルのレジスターカードのトリックが出てくる。飛行機によるもの以外は、作者のホテル勤めの経験が十二分に活かされたものだ。ひとつだけでも長編を書けそうなトリックを3つも盛り込み、それを少しづつ解いてゆく「足で稼ぐ」刑事たちの姿がヴィヴィッドに読者に映るだろう。
 
 有力容疑者と深い関係にある刑事が捜査を外されないなど少し不自然なところがあり、贅沢な3つのトリックの組み合わせにもぎこちなさが感じられる。それでも後年のアリバイ崩しシリーズの先鞭をつけた傑作であることは間違いがない。江戸川乱歩賞を獲得したのも当然だったと思います。