新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

米中対立の見事な予測

 現在の戦略兵器としては、国際関係上ほぼ使えない戦略核兵器を除けば、空母機動部隊が一番に挙げられるだろう。1941年末、南雲機動部隊が真珠湾旧式戦艦7隻を撃沈破して以降、その地位は揺らいでいない。しかしいつかは空母機動部隊を破る「戦略兵器」が登場するはずだ。

 

 本書は台湾をめぐる米中の抗争を描いたもので、作者のマーク・ヘンショウは実際にCIAの情報分析組織「レッドセル」で働いた経験を持つ。本書の発表は2012年だが、今年の米中対立を7年前に予見していたかのような内容である。「一つの中国」を主張する中国国家主席は、ついに台湾領金門島(本土にほぼくっついている島)を武力で占領する。当然「同盟国台湾」を救援するため、空母「リンカーン」を中心とした機動部隊が出撃する。

 

 これに先立ち中国の安全保障部門の下級役人である暗号名「パイオニア」は、中国が何らかの新兵器を開発し空母を撃破できる能力を持った可能性をCIAに伝えていた。それを裏付けるかのように、何も検知されない状態で台湾の電力設備やフリゲート艦が攻撃され撃破された。レッドセルの分析官キャシーは、中国が「暗殺者の棍棒」という兵器を試していると考える。

 

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 今年プーチン先生が「超高速ミサイル」を開発したといっているように、空母の敵は非常に高速か極めてステルス性が高いものと思われる。キャシーの変わり者の上司ジョナサンは、そう分析する。正体がバレた「パイオニア」を北京から脱出させる作戦と、「リンカーン」を守るための情報収集が並行して描かれる。

 

 諜報戦も軍事戦闘もなかなかの迫力、「暗殺者の棍棒」の正体についてもうなずかされるものがある。しかしそれらを越して面白かったのは、「暗殺者の棍棒」が撃破された後の、中国国家主席と在中米国大使の2人だけの会話だ。大使は、

 

 「人民解放軍が市民を殺せば殺すほど、自由世界は中国を嫌う。中国の世紀は始まる前に終わる」

 

 と告げる。加えて、

 

 「中国と米国は敵になる必要はないのです」

 

 ともいう。しかし国家主席は、

 

 「アメリカは弱い。中国には多くの兵器があり、米国の空母は生き残れない。まだ終わっていないと大統領に伝えてほしい」

 

 と強気の姿勢を崩さない。500余ページの中でたった5ページのこのシーンが、妙に印象深かった。香港やウィグル、台湾の状況を見ると、実際に今起きている米中の暗闘を表している部分だと思いました。