新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本物の「探偵小説」

 古典的な本格ミステリーを、「明晰神のごとき名探偵が・・・」などと評するが、オーギュスト・デュパンを先祖とするこの種の人たちが「私立探偵」を業として営んでいる例は多くない。ファイロ・ヴァンスは貴族の遊民だし、エラリー・クィーンは作家、ミス・マープルは田舎町の老嬢である。エルキュール・ポワロは私立探偵と称しているが、引退していることも事実だ。

 

 けれども、本当に「私立探偵」という職業は多くあって、スペンサー(パーカー)やサムスン(リューイン)のような一匹狼探偵より、企業に勤めているケースの方が多いはずだ。そこでダシール・ハメットは、探偵を「豪華絢爛な花瓶から引き抜いて床に投げ出した花束のように」リアルなものとして描くことにした。登場したのが「コンチネンタル探偵社の俺」、名無しの探偵(オプ)である。

 

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 彼は「血の収穫」でデビューし「リアルな探偵小説だ」と絶賛される一方、「単なる暴力小説」と言われる面もある。僕も最初に読んで、街の権力闘争の真ん中で両陣営をあおって死体を増やさせるだけの探偵と評価している。ハードボイルドの嚆矢となった一作だが、どうにも好きになれないでいた。

 

 しかし今回コンチネンタル・オプの登場する中短編7作を収めた本書を読んで、少し印象が変わった。30~90ページの長さなので組織同士の抗争まで話を広げなくても事件が描けるのだ。そこで普通の私立探偵が普通に出会っている事件を、多少のアクションを交えて描けばいいということになる。田舎町でギャンブラーが射殺されたり、過去に一杯罪を犯した病床の老人が狙撃されたり、一人暮らしの中年紳士が家ごと焼けてしまったり・・・まさに普通の三面記事事件である。

 

 しかしそこにオプたちが誰かの依頼で介入すると、ちゃんとした起承転結があって、意外な真相が暴かれる。オプたちの捜査も、奇をてらったものではなく官憲と協力して普通に行われる。なるほど、作者の書きたかったものは「普通の私立探偵もの」だったのがよく分かった。ちょっと見直しましたよ、プロの探偵さん。