新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

不思議な遺言状の波紋

 ドロシー・セイヤーズのピーター・ウィムジー卿シリーズの第四作が本書(1928年発表)。表紙にカードの絵があるように、コントラクトブリッジの用語が全編の小見出しに使われる趣向になっている。

 

 ・ピーター卿、切り札を刈る (刈る:相手の切り札を使い切らせること)

 ・切り札はシャベル (スペードは、元々シャベルをかたどったもの)

 ・ピーター卿、ダミーに回る (ダミー:手札をさらして相棒にゆだねる役割)

 

 の調子で、真犯人が暴かれる章(開かれた札)まで続く。これはピーター卿と真犯人のゲームを表しながら、舞台となったベローナクラブの遊戯にも掛けているわけだ。

 

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 ベローナクラブは、それほど裕福でもない人たちも集まってくる社交場。高齢の退役軍人たちも多くやってきて、日がな一日を過ごしてゆく。第一次世界大戦でピーター卿の占有だったジョージ・フェンティマン退役大尉はずっと座り込んでいる老人たちを揶揄して「おーい、あの爺さん下げてくれ。2日前から死んでるんだ」と言っていた。

 

 ところがある日、自らの祖父であるフェンティマン将軍が座ったまま死んでいるのが発見される。さらに将軍の妹レディ・フェリシティも同じ日に亡くなっていたことがわかる。その数日後、フェンティマン家の弁護士からピーター卿は不思議な依頼を受けることになる。レディ・フェリシティは資産家で兄よりずっと裕福だった。兄とその孫たち以外に血族はいないのだが養女のように可愛がっている娘がいて、

 

 ・自分が兄より先に死んだら、自分の遺産は兄とその孫たちに遺す。

 ・兄が自分より先に死んだら、自分の遺産はその娘に遺す。

 

 という風変わりな遺言を残した。レディの死亡時刻はわかっているが将軍の方がわからないので、それを調べてくれとの依頼。戦友ジョージのためにもと引き受けたピーター卿だったが、次々と起こる奇妙な事態に振り回される。

 

 ミステリーとしてより、当時のイギリスのアッパーミドル社会の内幕が描かれていてとても面白い。ピーター卿自身は富豪だが、ジョージなどはPTSDで定職に就けず妻の収入が頼り。それでも(見栄で?)クラブには顔を出す。外ではロマネ・コンティをふるまうピーター卿も、ひとりのディナーではリープフラウミルヒ(マドンナ)を呑んで寝る。謎を追うよりワインリストに目が行くようでは、僕もヤキが回ったかもしれません。