新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

組織運営のノウハウを学ぶ

 日本の組織で、これほどの規模で長期に運営されその人事記録が詳細に残っている例は他にないだろうと思う。帝国陸軍こそは、組織運営のノウハウを学ぶ最良の「ビッグデータ」である。高級将校の全てについて出身地や生年はもちろん、幼年学校、陸軍士官学校陸軍大学校の学歴、ポストに上番(就任)した月日、下番(離任)した月日の記録がある。

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 軍事史研究家の筆者はこれらのデータを読み込み、ポストを転々とする彼らの経歴にいくつかのパターンがあること、上司と部下の間にマグ(磁石)という関係があること、陸士〇期・陸大×期に妨げられ適材適所が出来なかったことなどを看破してゆく。
 
 僕も帝国陸軍の、長州閥や薩摩閥、桜会や一夕会、長期政権だった寺内正毅日露戦争期)・宇垣一成軍縮期)・東条英機(太平洋戦争期)の弊害などは知っていた。しかし本書は、その現象の奥にあるのっぴきならない事情やつまらない理由を明らかにしている。
 
 そしてそれらの事情や理由は、折角日清・日露の両戦争で先進国の端にたどりついた日本という国を、破滅へと誘ってゆく。例えば、東条英機が寺内寿一を退けたのは、父英教が陸大1期の優等生でありながら冷遇されたのは寿一の父正毅に原因があると考えた可能性もあることなどである。
 
 2・26事件の後、軍縮が断行されいくつかの師団が廃止された。その結果多くの将校が予備役に編入された。もうじき将官になれるかと思っていたのに大佐のまま予備役(要はクビ)にされた軍人のうらみは根深い。それが盧溝橋事件で急に師団を復活させることになれば、勇み立って戦場に行くのは当たり前である。そんな彼らが紛争を収めようとするわけはない。日中戦争が泥沼化した要因はここにもある。
 
 どう見てもこの状況ではこの人物を当該ポストに充てるべきだと思われても、そうすると陸大×期の彼には2年早いなどとして起用できない。平時ならまだしも、戦時・非常時であってもそれを墨守したというのだから呆れるほかはない。職務に階級が付いてくるのではなく、階級に職務が付いてくるという愚策である。
 
 僕にも思い当たることがある。抜擢人事を提案しても、総務部門が「彼は年次が1年足りません」と拒否してきたこともあった。民間企業でもこうなのだから、つきあいの深い霞ヶ関の人たちは「〇年入省」などとしょっちゅう口にする。帝国陸軍人事律は、まだ亡霊になっていないのだ。
 
 本稿で紹介したことだけでなく、大変沢山の気づきや情報をくれた本でした。これは大事に取っておいて、時々参照することにします。