新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

北大西洋航路の「笑劇」

 本格ミステリーの黄金期、イギリスとアメリカにわたって不可能犯罪を追い続けたのが、ジョン・ディクスン・カー。すでに何作か紹介しているが、本書は1934年発表で全編北大西洋航路上のクイーン・ヴィクトリア号で物語が展開する。脱出トリックという意味での密室ものではないが、豪華客船という大きな密室内での不可思議な犯罪を描いたものだ。

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 創元推理文庫は、表紙扉に200文字くらいの内容紹介が載っていて、本屋のレジに持っていく前に必ずこれをチェックしていたものだ。お小遣いが限られている中・高校生としては、当然の行為だった。本書の内容紹介の最後に、「カーの作品中でも、最もファースの味の濃い本格篇!」とある。ファースってなんだっけ、と思いながらも「密室の王者」カーの本格篇なのだから問題ないと考えて買ったことを覚えている。
 
 ところがそれからが大変。スキャンダル・フィルムの窃盗やエメラルドの紛失・盗難こそ起きるのだが死体が出てこない。探偵役のギデオン・フェル博士が登場しないまま、推理小説家のモーガン、外交官のウォーレン、引退した船長ヴァルヴィック、操り人形師の姪ペギーの4人が素人探偵を決め込んで船内を探りまわる。その過程は、はっきりいってドタバタ劇。
 
 今何が重要で何をすべきなのかもあいまいなまま、時間ばかりが経ってゆく。4人は彼ら以外の船客とも、酔っぱらいながら無駄話を繰り返しているだけである。ついに瀕死の女性を彼らが見つけるのだが、現場を離れて戻ってみると部屋は綺麗に片付けられている。被害者どころか使ったタオルもなくなっている。船長とスタッフが乗客を調べるが、重傷を負った人も行方不明になった人もいない。
 
 途中モーガンが8つの鍵というあいまいな手掛かりを言い出し、フェル博士も8つ鍵を加えるのだが「暗示の鍵」「省略文の鍵」と言われても、読者にはさっぱり意味がわからない。最後にフェル博士が、16の鍵をひとつひとつ解説して、犯人と被害者を名指しする大団円に至る。鍵の一つ一つに、本書の何ページの記述を引用してくるのだが、これが「伏線」というもの。
 
  確かに注意深く読んでいれば、その部分のウラの意味がわかるのだが、膨大な無駄話に覆われているのでなかなかに難しい。ファースというのは笑劇のことと本書にある。ドタバタ劇でカバーをして、その中に伏線を散らすという手法だ。高校生の時には訳が分からなかったのだが、今回読み返してみてそういう手段にダマされていたことは分かった。解決の意外性はあるのですが、評価の分かれる作品だと思います。