新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

旅行者のカメラ、1938

 エリック・アンブラーはイギリス生まれのスパイものを得意とした作家である。エリオット・リード名義のものも含めて20作あまりの長編小説を残した。1936年に「暗い国境」でデビューし、それまでの「外套と短剣」型のスパイ小説に飽き足りなかった読者に、リアリティあるスパイものを提供した。


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 特に第三作の本書(1938年)と、第五作「ディミトリオスの棺」(1939年)の評価は高い。いずれもナチスドイツが領土への野心をあからさまにし、第二次欧州大戦がまさに始まろうとしていた時代の作品である。パリで語学教師をしているヴァダシー青年は、南仏サン・ガシャン村のレゼルヴホテルで休暇を過ごしていた。
 
 薄給の彼だが、月給3カ月分をはたいて買ったツアイスのコンタックスがお供である。しかし撮ったフィルムを現像してみるとツーロン軍港が写っていて、彼はスパイ容疑で逮捕されてしまう。カメラが取り違えられていたことがわかってホテルに帰してもらえたのだが、ホテルに居るであろう本物のスパイを見つける仕事を押し付けられてしまう。
 
 カギはカメラである。軍港の写真を撮ったであろう本物のスパイは、ヴァダシー青年と同じ種類のコンタックスを持っているはずだからだ。彼はホテルの支配人や宿泊客12人に探りを入れる。
 
 フォーゲル夫妻 : 中年のスイス人、ボックス型のフォクトレンダー
 デュクロ氏 : 自称実業家のフランスの老人、旧式のレフレックス
 スケルトン兄妹 : 若いアメリカ人、コダック・レチナ
 ルウ氏とマルタン嬢 : フランス人の若い恋人同士、フランス製のボックス型
 シムラー氏 : 中年のドイツ人、カメラは持たない。
 クランドンハートレイ夫妻 : イギリスの退役少佐夫妻、カメラは持たない。
 ケッヘ夫妻 : ホテルの支配人、夫はスイス人、妻はフランス人、シネ・カメラ。
 
 皆なんらかの事情を抱えているようで、怪しいといえば全員怪しい。ヴァダシー青年は彼らに近づき、追求するのだが、ドイツで迫害されて逃れてきた人や反ナチの活動家、家族のもめごとで身を隠している人であることがわかり空振りばかり。
 
 スパイものと言いながら本格ミステリーの筋立てで物語は進むのだが、結末は「本格」ではなかった。同じようなシチュエーションを「本格作家」が書いたら、全く違った結末になったでしょう。どちらがいいとは、一概に言えませんがね。