新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

浦上伸介自身の事件

 書き下ろしを含めて、津村秀介は数々のアリバイ崩しものを書いた。その多くは2時間ドラマになって放映されたのでメインのトリックはTVで見覚えがあるものも多い。本書もそんな一冊なのだが、作者は主人公のルポライター浦上伸介に特別の試練を課した。この部分は、主人公の立場を弁護士事務所にしたTVシリーズではカットされていたように思う。

        f:id:nicky-akira:20190428121044p:plain

 
 内田康夫浅見光彦シリーズではよくあるのだが、地方に出かけて行った光彦が現地警察に容疑者と見られてしまうケース。彼は警察の高官の弟なので、じきに容疑は晴れ現地警察が平謝り・・・となる。この部分「水戸黄門の印籠」的な、ワンパターンエピソードである。
 
 ただこのようなシーンが一介のルポライター浦上伸介の身に起きるとすると、ちょっと事件である。松山の港の近くで女性が絞殺される。犯行や逃走した犯人を目撃した人たちもいて、レンタカーに残された地図や将棋の駒という物証もある。
 
 そして捜査線上に浮かんだのが、当日観光ルポの取材で松山を訪れていた伸介。逃走した犯人の体格や服装(茶色のブルゾンのこげ茶のショルダーバッグ)が似ている上に、地図や駒から伸介の指紋が検出されて「任意同行」されてしまう。
 
 事件なれしているはずの伸介も逆上し、旧知の神奈川県警淡路警部に連絡して、とりあえず拘束をといてもらうのがやっとだった。こうなると観光ルポなどにかまっておられず、真犯人を追い詰めることに傾注せざるを得ない。伸介の周辺から地図や駒を入手出来ていること、伸介のルポ日程を把握していることから真犯人は伸介に何らかの関りや恨みを持っている人物と思われる。やがて、有力な容疑者が浮かぶのだが、(例によって)鉄壁のアリバイが立ちふさがる。
 
 四国は本土4島の中で唯一、新幹線も島内航空路線もない島である。高速道路も十分でなく、徳島県で片側1車線の高速道路に乗った経験は一度紹介している。JRの路線も本数が少なく、時刻表を追う伸介らは待ち合わせ時間の多さに悲鳴を上げる。松山は島内でも高松に次ぐ交通至便なところで、高知からの高速バスや広島からの船便など多くのバリエーションがあるが、どれも一歩届かない。
 
 本書は、アリバイトリックとしてはかなり上位に位置付けられる傑作だと思う。しかし浦上伸介に容疑が掛かる前半は、(TVドラマでカットされたように)ちょっと不整合のような気もした。真犯人としては鉄壁のアリバイを用意できるのなら、伸介に容疑を向けるために努力をしリスクをとることなど必要ないと思うのだが。