新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

関東軍の謀略

 檜山良昭という作家は、1980年前後に第二次大戦をテーマにした歴史ものを書いた人である。いわゆる「架空戦記」も多いのだが、「とんでも架空戦記」まではいかない、あり得た歴史ものが中心だったと思う。本書も1983年発表で、当時はやっていた史実を無視して自衛隊を日米海戦に登場させるような小説とは違う。ある意味のシミュレーション歴史小説である。

 
 アバロンヒルやSPIの輸入ゲームがやってきた、シミュレーション・ウォーゲームの短い隆盛とこの種の小説の登場とは、決して無関係ではない。どう史実のシチュエーションで日本軍が頑張ってみても、英米軍には勝てない。ではどうするか、どうすべきだったがということは多くの人が考えたはずである。

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 このテーマを追い続けた作家も決して少なくない。「大鑑巨砲主義」の横山信義はじめ、現役の人もいる。檜山良昭はかれらの先駆者だったように思う。SF作家の豊田有恒が「ミッドウェー海戦」という、自衛隊がその海戦にタイムスリップする短編を書いているし、高木彬光には「連合艦隊ついに勝つ」というタイムスリップ長編もある。
 
 しかし超常現象など用いないで、帝国陸海軍がどこまでやれたのか、というのは日本人なら思うことは当然かもしれない。本書もそういう思いで書かれたものだろう。運命の1941年、ドイツが帝国陸軍の仮想敵であるソ連に侵攻したことから、満州に本拠を置く「関東軍」はソ連への侵攻を画策する。史実でも演習ということにして戦力を集め、機会あれば侵攻しようとしていたらしい。本書は「関東軍」が謀略を用いてソ連から仕掛けられた戦争であるという口実で、ウラジオストックハバロフスクなどに侵攻する経緯を描いている。
 
 本書はまじめなシミュレーション小説である。ここに描かれている「戦略」は面白いのだが、戦闘シーンなどは後年の戦記小説には及ばない。もちろん架空戦記というものを興隆させるきっかけとなった作品としての意義は十分認めます。