本書は、隠れもない日本ミステリーの代表作である。改めて手に取ってみて、こんなに短い小説だったのかと驚かされた。全部で200ページ余り、昨今800ページから1,000ページの大作が当たり前になっているが、横溝正史の「本陣殺人事件」も200ページ弱の中編だったことを思えば不思議なことではない。
通常だと単純な心中としてで済ませるところ、地元のベテラン刑事の疑問に、本庁の汚職対策チームの敏腕刑事が加わって、執念の捜査が続く。しかし浮かんだ容疑者は、男女の死亡推定時刻には東京から北海道に向かっていたというアリバイをもっていた。
鮎川哲也の「黒いトランク」と同様、アイバイ崩しでクロフツ流のミステリーとして金字塔を建てたのが本書である。トリックやそれを暴く過程に、今から見ればいくつかのアナは見えるものの、その偉大さに影をさすものではない。
急行「十和田」から青函連絡船、急行「まりも」など、僕から見れば昔の時刻表でしか知らない列車が一杯出てきて、それだけで想像を膨らませてしまう。容疑者の妻で結核患者で時刻表マニアの亮子という女性について、ほとんど記述がないのだが大きな印象を残した。
1957年発表の本書を「社会派ミステリーの嚆矢」という評もありますが、その面は僕から見れば小さく、クロフツの日本版として本家を越えたミステリーとして記憶されるべき名作と思います。