今や警察小説作家となった佐々木譲。1979年「鉄騎兵、飛んだ」でデビューして後、その名を有名にしたのが本書から始まる第二次世界大戦秘録3部作である。元は本田技研に勤めていて、F-1プロジェクトで知り合ったエンジニアに零戦の設計に携わった人がいたという。新幹線車両やニコンのカメラなど、戦後の日本の工業製品の基礎技術には兵器研究が生きていたという話が多い。
新幹線車両やF-1の流体特性は、航空機からの流用らしい。戦後航空機開発ができなくなった技術者/研究者が他の分野に出て活躍したわけだ。僕の大学院時代(コンピュータ・サイエンス)、隣の研究室の教授は航空工学の出身だったことを思い出す。ニッコールレンズの基本は、大和級戦艦の46cm砲の着弾(40,000m先)を確認するための光学技術だった。
昭和15年(皇紀2,600年)、日本海軍は長く艦隊上空を守ることのできる滞空時間の長い艦上戦闘機「零戦」を開発、制式化して配備を始めていた。皇紀の末尾がゼロ年に制式化されたので、零式艦上戦闘機という。零戦は蒋介石軍との戦いに投入され、重慶上空で中国軍の戦闘機を被害ゼロで一蹴した。まだ仮想敵である英米軍も知らない、秘密兵器だった。これに、同盟国ドイツが目を付けたという設定。
この年(1940年)、昨年のポーランド占領に続いてノルウェー・デンマーク・ベネルクス三国・フランスを降伏させたナチス・ドイツは、イギリス海峡にその進撃を阻まれていた。ドイツ空軍は戦術空軍であり、爆撃機も戦闘機も航続距離は短かった。
本書の設定は、あり得たIFである。三国同盟のお土産として、ヒトラーに2機の零戦を届けることになった日本海軍は綿密な輸送計画を立てるとともに、優秀なパイロットを探した。白羽の矢が立ったのが、撃墜18機を誇りながら上司に疎まれている日米混血の安藤大尉。干されていた彼は、戦闘機に乗れるならと部下の乾空曹とともにこの無謀な輸送作戦に挑む。
安藤大尉の合理的な性格や卓越した技量、乾空曹の上官想いの行動やエンジニア能力、経由飛行場を提供するインドの貴族の想いなどが綿々と綴られる。ドイツで安藤大尉を待つ空軍のパイロット、イラクで英国に歯向かおうとする軍人等々魅力的な人物が次々登場するが、第二次世界大戦の破局に向けて時代は容赦なく進んでいく。