新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

昭和11年2月26日の密室殺人

 とにかく読み進むのに重くて、手が疲れる小説だった。宮部みゆきのSF・歴史小説「蒲生邸事件」は、新書版で530ページの大長編である。作者は1986年に「オール読物推理小説新人賞」の候補になって以降、数々のミステリー・SF・ファンタジー・時代小説を書き、TVドラマの原作や舞台の台本も手掛けた。非常に守備範囲の広い作家である。本書は1997年に「SF大賞」を受賞し直木賞候補にもなった作品である。

 

 受験で平河町の古いホテルに宿泊した高校三年生の孝史は、非常階段の2階部分から消えてしまった中年男を目撃する。このホテル、戦前は陸軍大将蒲生憲之の屋敷があったところに建てられたもの。不思議な事はたびたび起き、蒲生大将の亡霊が歩いていたという人もいる。

 

 その夜、ホテルから出火。孝史は火に巻き込まれそうになったが、男が助け出してくれた。一時期意識を失っていた彼が周りの状況を眺めると、助けてくれた男は先ほど消えた中年男。粗末な物置の中で、外はしんしんと雪が降っている。男は「今日は昭和11年2月26日で、ここは蒲生大将の屋敷内だ」という。

 

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 男はタイムトラベル能力のある家系に生まれ、何度も時間旅行をしたという。歴史を変えようと思ったこともあるが、局地的には変えられても大きな流れは元に戻ってしまう。自分は「まがい物の神」だと自嘲する。タイムトラベルというものの実感がわかないまま、孝史は2・26事件の当日自決した蒲生退役大将の屋敷で不思議な体験をすることになる。

 

 蒲生大将は、決起した将校たちと同じ皇道派だが、決起は成就しないとして自決したと孝史の知る歴史にはある。果たしてその日、大将はピストルで頭を撃たれて死んだのだが、部屋は内側からカギのかかった密室で、しかも拳銃は発見できなかった。

 

 作者は「2・26の日に現場で密室殺人」というフレーズが頭に浮かび、それを核にして530ページの長編を書いていったようだ。2・26以前の永田鉄山斬殺事件や、太平洋戦争末期の東京空襲もエピソードとして加わっていて、歴史の勉強には好適である。また昭和初期の高級軍人の暮らしや、庶民との対比など歴史小説としても読める。

 

 実は作者の作品を読むのは初めて、なかなか芸の細かい人ですね。今度は本格ミステリーを探してみましょう。