新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

純粋心理推理の物語

 本格ミステリーというのは、非常に幅の狭い文学ジャンルである。数々の宿命や先人の作品という制約の中で、大家たちは挑戦を続けたものだ。その意味では、後年精彩を欠いた(編集に傾倒し過ぎた?)エラリー・クイーン、密室を隅々まで掘り返しやがて歴史ものが増えたジョン・ディクスン・カーに比べると、アガサ・クリスティの挑戦し続ける姿勢は際立っている。

 

 本書(1936年発表)では容疑者を4人に絞り込んだ特異な設定をして、「意外な犯人」ではなく、4人のうちからポアロが純粋心理推理によって犯人を名指しするという趣向である。変わり者と評判のお金持ちシャイタナ氏は、訴追されることもなかった「完全犯罪者」4人と、ミステリー女流作家・諜報員・警官(バトル警視)・私立探偵(ポアロ)を呼んでパーティを開く。食事の後、4人の「容疑者」(医師・探検家・コンパニオン娘・老婦人)が広間でブリッジを、ポアロたちも別室でブリッジを始める。シャイタナ氏だけは広間の暖炉の脇で、容疑者たちのブリッジを眺めていた。

 

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 コントラクト・ブリッジは4人が対面同士のペアに分かれて雌雄を競うトランプのゲーム。ひとり13枚のカードを1枚づつだし、強いカードを出した人(&ペア)がそのトリックを取る。13トリックのうちどれだけ取れるかを宣言して、それを上回れば宣言ペアの勝ち、阻止すれば相手ペアの勝ちである。宣言した人物がペアのカードをひとりで操れるよう、そのパートナーはカードをOpenにして「ダミー」となる。

 

 3度のキャンペーンが終わり4回戦が戦われていた時、シャイタナ氏が刺殺されていたことがわかりゲームは中止される。「容疑者」」として集められた4人の中に犯人がいることは疑いがない。すべてのプレーヤーは「ダミー」をしたことがあり、ゲームに熱中する3人の目をかいくぐって犯行に及ぶことができた。

 

 4人の「探偵役」の推理の競演もあるが、探り出される4件の「完全犯罪」も面白い。さらに4人の容疑者がメモしていたブリッジの得点表の書き方や、当日のゲームの進行などを聞き集めて、ポアロは「心理捜査」を続ける。最後はおきまりの「大団円」なのだが、そこで展開されるのは全て心理面を追求した推理だ。ポアロの説明に納得はできるのだがとても法廷に出せるようなものではなく、結局クリスティは詐術を使って真犯人に自白させる道を選んだ。挑戦意欲は十分に買い傑作とは思うのですが、容疑者を裁きにかけられないようでは「心理探偵」の出番は多くなりませんね。