新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

シリーズ化できなかったヒロイン

 アガサ・クリスティーと言えば、ポアロミス・マープルがレギュラー探偵の双璧。その他に夫婦探偵トミー&タペンスやバトル警視、パーカー・パインなどのシリーズが知られている。さらに何冊か、単発ものもある。例えば名作「そして誰もいなくなった」は、登場人物が全部死んでしまうのだから、シリーズものにするのはほぼ不可能。古代エジプトを舞台にした「死が最後にやってくる」も、単発ものでないとかけなかったかもしれない。

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 本書「茶色の服を着た男」も単発ものだが、それらとは少し事情が違う。本書は彼女の長編4作目だが、
 
(1)スタイルズ荘の怪事件 1920年
    ⇒ ポアロ本格ミステリ
(2)秘密機関 1922年
    ⇒ トミー&タペンスのスパイスリラー
(3)ゴルフ場殺人事件 1923年
    ⇒ ポアロ本格ミステリ
(4)茶色の服を着た男 1924年
    ⇒ 単発のスパイスリラー
(5)チムニーズ館の秘密
    ⇒ バトル警視の本格ミステリ
 
 と続いている。本格とスパイものが交互に来ているのが分かる。クリスティーは軽いスパイものが大好きで、書きたかったものはこれだった。しかし売り上げのいい本格ものも捨てきれなかったようだ。
 
 第2作で当時32歳だった彼女は、自らにとっての理想の恋人同士をトミー&タペンスとして世に送った。そして本書では、20歳ころの(ありたき)自分をアン・ベリングフェルドという考古学者の娘に重ねて書いたと思われる。アンはロンドンの地下鉄で墜死した男を目撃したことから、第一次世界大戦後のスパイ戦にまきこまれる。いや冒険心一杯の彼女は、むしろ自ら飛び込んでいったのである。
 
 スパイものとしては平板で、ありきたりなストーリー展開。若いアンと、高齢のサー・ベドラーの独白が交互に出てきて、読者にとって分かりにくい構成になっていることもマイナス要素だと思う。クリスティーにとっての第4作は習作であって、おそらくは失敗作。彼女もそれを理解していただろう。タペンスよりもさらに若いアンという女性は、外見だけでなくカラッとした性格も魅力的だったのですがレギュラーにはなれなかったということです。