次の「007シリーズ」では、女性の007が誕生するという話を聞いた。ジェームス・ボンド役はショーン・コネリーから何代にもわたって「セクシーな男優」が務めてきたことを考えて、ダイバーシティも極まれりと思った。
007ものの長編ミステリーを作者イアン・フレミングは13編しか書いていない。本書はそれを補完するような短編集で、50ページほどの中短編5編が収められている。編纂は1960年、第二次世界大戦の傷も十分いえておらず東西冷戦の最中である。OSSが発展したCIAはじめ、英国のMI-6、フランスのDGSE、ソ連のKGBなど世界中の諜報機関が(ある意味)一番活躍した時代でもある。
本書では、ボンドはパリ近郊・バミューダ・セーシェル・ジャマイカ・ヴェニスといった観光地を舞台に活躍する。とはいえ、後年の映画のように荒唐無稽で超人的な技を見せるわけではない。また作者がいうほどの「ナンパ師」でもなく、おいろけシーンはほどほどだ。どちらかというと人間観察にすぐれた名探偵的な分析が目立つ。
面白く感じたのは、上記の観光地の描写がかなりヴィヴィッドであること。現地の魅力をさりげなくだが十分に書き込んでいて、外国旅行にあこがれるイギリス人向けのサービスが横溢していることだ。これが隠れたテーマであるから、007は「世界を股にかけて」活躍することになったのだろう。
本書の5年後、フランス人作家ジェラール・ド・ヴィリエがデビューし150冊を上回るスパイスリラーを発表するのだが、この5編に登場するボンドはプリンス・マルコの原型だと感じた。軍人あがりだがそれなりに矜持をもったエリートスパイが世界中を巡るという筋立てに、貴族趣味とサディズムを加えたのがマルコシリーズだと思う。
久しぶりのクラシックなスパイもの、旅の道連れに調度よかったです。