新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

推理作家って大変なんだ

 以前「推理日記」というミステリー書評を紹介した、作家佐野洋。「眼光紙背に徹す」と評された、当代一流の読み手である。古来の「ノックスの十戒」」などではないが、作者が読者に仕掛けるアンフェアなことを厳しく戒めている。ストーリー展開に関わるミスディレクションはもちろんだが、登場人物の名前をどう決めるかという細かなことまで作者はルールを示している。

 

 フィクションとはいえ人が死ぬ、あるいは犯罪者とされる話なので、実在の人物の名前は使わない。主要な舞台となる会社や場合によってな街の名前まで架空のものにしたり「埼玉県北部のベッドタウンであるY市」などとぼかすようにするという。登場人物の名前には実際苦労していて、同窓会の人名簿から、姓と名をバラバラにもってきて組み合わせるなどの苦労話があった。

 

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 本書はそういう「作者の矜持」を背景にしたミステリーである。流行作家名原が2年前に地方紙に連載した100枚ほどの中編小説「囁く達磨」は主要登場人物4人がすべて死んでしまうストーリー。ところがそのうち2人と同姓同名の男が続けて不審死する。だれも注意を払わなかったのだが、「中央日報」に「囁く達磨の登場人物が2人・・・」との投書があり、名原担当の文芸部米山記者が真相を追い始める。

 

 その後、3人目、4人目の被害者がでて、これも上記の登場人物と同名だった。名原は以前から登場人物の名前には(佐野洋同様)気を使っているとはいえもはや偶然とは思えない。米山らは独自の捜査をして、「囁く達磨」は名原が書いたものではないと思い始める。

 

 作中の人物の会話として「なんで・・・」というのは正しくない、「なぜ・・・」とすべきだという名原の言葉へのこだわりも、推理のてがかりになる。多くの注文を抱える流行作家や出版界の行動様式がちりばめられていて、それが謎解きにつながってくる本格ミステリーだった。ある意味ミステリー作家ってこんなに大変なんだと思わせてくれます。なれなかったけど、それが僕には良かったということでしょう。