新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

香港返還2097年との密約

 本書は、ジャック・ヒギンズの「ショーン・ディロン」ものの第三作。歴史ものを除いて作者のスパイスリラーは、英国の特別情報部の責任者ファーガスン准将が登場する。しかし彼自身はいつもわき役のような存在で、主役は別にいる。本書では主役は元IRAのテロリストであるディロンが務める。

 

 「嵐の眼」で英国首相を狙うテロを仕掛け、もうちょっとで迫撃砲で殺せるところまで行ったディロン。「サンダーポイントの雷鳴」ではカリブ海を舞台にファーガスン准将を助けて沈潜を探す役割をする。

 

 5フィート6インチと小柄(米国の警官はあと2インチ必要)なアイルランド人で、王立演劇学院出身、ナショナル・シアターの舞台に立ったこともある。数ヵ国語を話し、飛行機の操縦とスキューバダイビングの腕は超一流である。

 

 物語は、1944年の重慶で幕を開ける。日本軍の攻勢に陰りは見えるのだが、蒋介石毛沢東が争っていて、いずれも日本軍と戦うつもりはない。米軍の蒋介石支援物資も使われていない(日本軍が撤退してからマオイストに使うつもり)。英国は毛沢東支援を申し出て、交換条件に「毛が政権をとったら、香港返還を100年延ばす」密約を交わす。しかし、その密書はインドでの航空機事故で失われてしまった。

 

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 そして1993年、香港返還が迫ったころ、この密約の控え文書が、スコットランドの旧城にあるという情報が入った。香港に利権を持つシチリアマフィアが、文書を手に入れようと動き始める。英国首相はファーガスン准将にその文書をマフィアに渡さず破棄せよと命ずる。准将は、この危険な任務をディロンの助けを得て遂行しようとする。

 

 最初の1/5は、IRAのテロリストがロンドンで企むテロを准将とディロンが防ぐ話。これだけでも十分面白い謀略戦である。テロを阻止はしたものの傷を負ったディロンが、少林寺の僧から拳法を教わるシーンが印象深い。

 

・動く時は水のごとく

・休む時は鏡のごとく

・こだまのように反応し

・非在のごとく密やかに

 

 と教えられ、呼吸法を学んだディロンはプロボクサーだったマフィアの用心棒相手に、素手で勝利する。

 

 いつも通り面白く読み終えたのですが、香港に「国家安全法」が影響してきている今、こんな密約が(今からでもいいから)出てきてくれたらと思ってしまいます。破棄するなんてもったいないですよね、香港市民の皆さん!