新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2人の画家とNシステム

 日本のミステリーの特徴のひとつ「トラベル・ミステリー」、このような英語はなく日本での造語である。レギュラー探偵が日本の地方に関わる殺人事件を解決しようと、列車や飛行機、高速道路、連絡船などを駆使して駆け回るのが特徴だ。もちろんその地方の美しさを物語の中にちりばめ、読者の旅への想いを掻き立てることも忘れない。この形態のミステリーが隆盛になったのにはいくつか理由がある。

 

・アリバイ崩しというジャンルに長けた作家たち

・日本中に網を張り正確に運行する公共交通機関

・国土に様々な地形や旅情、風習、名所などがあること

・TVドラマの2時間スペシャルとして視聴率が取れること

 

 本書は、深谷忠記の「壮&美緒シリーズ」の中期の作品。無口な数学者黒江壮とその婚約者でおしゃべりな雑誌編集者美緒が、警視庁の勝部長刑事らを助けて事件を解決する物語である。

 

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 その勝刑事は53歳、物語は彼が高校卒業以来最初の同窓会に出掛けるシーンから始まる。あまり親しくなかった同窓生だが、娘を自殺で亡くし自分も病気で自殺未遂、会社も辞めたという男と妙に長く話すことになってしまった。一方壮も珍しく同窓会に参加、こちらは先ごろパリから帰国し「東洋のピカソ」ともてはやされた画家と出会う。

 

 その画家が後日成城のアパートの駐車場の車内で刺殺され、容疑者として勝の同窓生の名前が挙がった。自殺した娘は、画家に暴行されて死んだらしい。娘の婚約者も画家で、婚約者か父親のどちらかが犯人と警察は考える。

 

 殺された画家は軽井沢のアトリエを自分の車で出ている。勝の同窓生は渋川の自宅にいて、婚約者は松本にいたとアリバイを主張する。しかし殺された画家の周辺から盗聴器が発見されて・・・。盗聴システムや高速道路の自動車監視システム「Nシステム」などが登場し、トリックを支えている。従ってマニアにはアリバイ崩しはそう難しくはない。

 

 アリバイ崩しものとしては「浦上伸介&美保シリーズ」の方が面白いと思う僕だが、こちらの方が地方の旅情を描く点では一枚も二枚も上。本書でも「懐古園」や千曲川の風情を藤村藤村の詩を引用して、美しく書き込んである。

 

 先日作者の歴史もの(といっても1945年だが)を紹介したが、作者の時間と空間を行き来する感性は、非常に優れたものだと思う。旅情の美しい「トラベル・ミステリー」という意味では、一番面白いシリーズかもしれません。