新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

中年女性は目立たない?

 イーヴリン・E・スミスは、雑誌編集者やクロスワードパズルの作者をしていたが、1950年代からSF短編を発表し始め、デルフィン・C・ライアンズ名義のものを含めて多くのSF長編を発表している。しかし60歳を目前に1986年に発表した本書で、ミステリーの世界に足を踏み入れた。

 

 主人公のミス・メルヴィルは、名家の娘。何不自由なく育ち世間知らずで、画家になりたいと思っている。しかし父親が財産のほとんどを持ち逃げして南米にわたってしまい、母親と二人ささやかな信託収入だけで生き延びてきた。

 

 その母親も3年前に亡くし、従姉妹のソフィーが経営する大学で美術講師をしていたのだが、その大学も経営難で閉めてしまい失業者に。60歳を超えたソフィーが故郷のドイツに帰るとき、「40歳を過ぎると女は誰も見てくれない。目立たない存在になるの」とミス・メルヴィルに言った。ミス・メルヴィルも40歳代半ばになっていたのだ。

 

 食うに困った彼女は、料金を払わないでパーティに紛れ込む「パーティもぐり」で糊口をしのぐ。同業のもぐりの(主に)女性たちとは交流も生まれる。しかし賃貸アパートの家主から住居の買取りを迫られて万事休した。彼女は家主の男のパーティにもぐりこみ、父親が残した拳銃であてつけ自殺をしようと会場に向かった。

 

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 しかし自分勝手な自慢を繰り返すその男に腹を立てた彼女は、子供のころから訓練を重ねた銃の腕で家主の男を射殺してしまう。しかし「目立たたない中年女性」であるミス・メルヴィルを犯人だという目撃者は出なかった。無事にその場を脱出した彼女を、暗殺組織が雇いたいと申し出てきて、彼女は「殺し屋」を職業とするようになった。

 

 ある意味荒唐無稽な設定なのだが、作者の手にかかると「ふんふん、そうだよね」と読み進んでしまう。組織のボスとのつなぎ役の青年は、彼女の弟を名乗って銃器を用意し、礼金を運んでくる。

 

 暗殺組織というとシリアスでドロドロしたものだが、あっけらかんとした明るさが本書にはある。ミス・メルヴィルは「本当の悪人しか殺さない」との矜持を持っており、組織の依頼を断ることもある。ニューヨークの「必殺仕掛人」というわけ。

 

 このシリーズ、肩の凝らない軽い読み物としては好適だと思います。あと数冊あるようですから、探してみましょう。