新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エリートたちの不正と背徳

 本書は2004年発表のスペンサーもの。かなり残り在庫も少なくなってきたせいもあって読まないでいたのだが、先日「ダブルプレー」という作品を読んで、この作者の簡潔な文体・会話の面白さを再確認した。この作品は、黒人大リーガーのパイオニアであるジャッキー・ロビンソンと彼の白人ボディガードの話。2人のプロフェッショナルの矜持がとても鮮烈だった。

 

 そんなわけで、久しぶりにスペンサーに会いたくなって手に取ったのが本書だった。スペンサーと相棒ホークらのやり取りは、ロビンソンとボディガードの会話に通じるテンポの良さとユーモアがある。

 

 今回の事件、世界的に有名なエネルギー商社「キナージー」が舞台である。同社のCFOである夫の浮気調査を依頼されたスペンサーだが、浮気相手はCOOの妻だった。CFO・COO夫妻の周辺にはスペンサー以外の私立探偵も監視に立っていて、ただならぬ雰囲気だ。そんな中、オフィスでCFOが射殺され事態は動き出す。

 

 「キナージー」のCEOは富豪の妻の助けを借りて上院議員の座を狙っているのだが、私生活では秘密を抱えている。警備責任者はCEOの大学時代の同級生、どうもこの男がCFO・COO夫妻を見張らせていたらしい。

 

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 企業のTOPが乱れた私生活をしている一方、会社の経理にも怪しい点が出てくる。2004年という発表時期を見れば、作者が本書のヒントを得たのは「エンロンワールドコム事件」だろうと推測が付く。「キナージー」での不正が、原題「Bad Business」の意味だろう。

 

 本書には「キナージー」の重役妻たちや女性重役のほかにも、元検事のリタ・フィオーレ弁護士、ホークの恋人かもしれない外科医のセシルなど有能な美女が続々登場する。中にはスペンサーにシナを作る女たちもいるのだが彼は、

 

 「あいにくスーザンというパートナーがいる」

 

 と取り合わない。表のテーマは巨大企業の不正、株価を吊り上げ従業員にも自社株を買わせさらに吊り上げる「背信」である。しかし裏のテーマは乱れ切ったエリートたちの性生活だ。不倫や夫婦交換、ある種のフェチから同性愛まで、これでもかと背徳が詰め込まれている。

 

 そんな泥沼を軽妙にスペンサー一家がかき回し、粋な解決につなげていく。改めてロバート・B・パーカーという作者の真価を感じました。あと数冊本棚に残っているので楽しみにしていますよ。