新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

三度皇帝になった男

 このところ、どうしても中国という国のことが気になって仕方がない。陳舜臣の歴史ものや、柘植久慶の戦記などを読みながら、近代史はどうだったのだっけと本書を再読してみた。万里の長城の北、熱河省から黒河省にいたる広大な土地に、13年間だけ存在したのが「満州帝国」。本書はその誕生から死までを、関東軍将校たちや傀儡皇帝だった愛新覚羅溥儀の視点から描いたものだ。

 

 1931年の満州事変は「満蒙は日本の生命線」と考えた一部の日本人(軍人だけとは限らない)が、それまでの点(都市)と線(鉄道等)の支配では不十分と考えて支配を強化しようと起こしたものだ。支配者張学良軍と駐留日本軍の兵力比は20対1、板垣大佐・石原中佐らは新任の本庄司令官を口説き陰謀を図る。鉄道爆破を偽装して朝鮮半島から支援部隊を招きいれ、紛争を収めようとする中央政府を無視して張学良他の軍勢を駆逐しようとした。

 

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 考えれば過去の中国の皇帝たちも点と線しか支配しておらず、他の広大なエリアは匪賊たちのものだったのだが。それでも陰謀は一応の成功を収め、日本軍の傀儡国家たる「満州帝国」が誕生する。その皇帝に選ばれたのが、清朝最後の皇帝「宣統帝」だった溥儀である。彼は3歳で即位、6歳で退位させられた後、王政復古クーデターで13日間皇帝に復帰したことがある。これが三度目の皇帝就任になった。

 

 満州事変以降、日中関係は悪化の一途をたどりあしかけ15年間の日中戦争になってゆく。中国の側も軍閥・匪賊の乱立で統一がとれるわけもないが、日本も中央政府の意思と無関係に関東軍が動き回っていた実態が良くわかる。関東軍が中国軍閥より恐れていたのがソ連。1932年満州帝国発足当時は5万人ほどに過ぎなかったソ連軍が、1934年には25万人に膨れ上がる。これは当時の日本陸軍の全兵力に匹敵する。戦車や重砲といった近代化も急で、1939年の「ノモンハン事変」で関東軍は名将ジューコフ将軍のソ連軍に完敗する。

 

 満州帝国は溥儀を傀儡にした植民地で、五族協和といいながら「日本人>朝鮮人>中国人」の厳然とした差別をしていた。今半島の人たちが日本の過去を非難しているが、華北の中国人から見れば半島人も略奪者だったのだ。日中関係が微妙な中、ちょっとだけでも過去を勉強した気持ちになれました。