新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

三千万円の賞金

 1961年発表の本書は以前紹介した「人蟻」(同1960年)「破戒裁判」(同1961年)に続く弁護士百谷泉一郎/明子夫妻シリーズの第三作。「明察神のごとき」神津恭介ものと離れて、血の通った若い二人を主人公にした社会派ミステリーである。

 

 今回は経済犯罪や部落問題を背景にした事件に続き、「誘拐」という卑劣な犯罪に百谷夫妻が挑むもの。今回の相手は戦史・戦記を深く読み込み、先人の落ちた罠を研究し尽くした誘拐犯である。

 

 本書の最初の90ページは、小学生を誘拐して身代金を要求したものの失敗し、子供も殺してしまった「木村事件」の容疑者木村の裁判を、ある男が傍聴するシーンが続く。米国では「リンドバーグ事件」、日本でも「雅樹ちゃん事件」で子供が犠牲になる誘拐事件が起きていた。その男は、戦史・戦記を深く読み込み、先人の知恵を得て「失敗しない誘拐事件」をもくろむ。そのための勉強の一環として、裁判を傍聴しているのだ。

 

 やがて評判の良くない金融業者「井上金融」の老いた社長井上雷蔵の、幼い子供が誘拐されるという事件が起きる。要求された身代金は三千万円。井上家では誘拐犯の要求通り警察に知らせずにカネを集めるのだが、ひょんなことで事件は警察の知るところとなり警視庁は「木村事件」と同じスタッフを投入して汚名返上を計る。

 

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 しかし今度の相手はしたたかで、捜査陣は振り回され続ける。録音されるのを恐れて電話してきたのは一度だけ、あとはわざと筆跡を変えた速達がやって来るだけで犯人は厚いベールの向こうにいる。再三の身代金受け渡しもうまくいかず、子供の命はもう失われたと考えられたが、雷蔵は「子供を取り返したものには五千万円、犯人を証拠とともに挙げれば三千万円」の賞金を出すと言う。

 

 偶然事件に巻き込まれた泉一郎だが、「女相場師」明子は奇抜なアイデアを示して「三千万円を取りに行きましょう」とたきつける。前作では泉一郎の法廷戦術が目立ったこのシリーズだが、デビュー作に続いてカネの使いどころを果断に決める奥さんの明子の迫力が凄まじく、泉一郎がかすむほどだ。

 

 誘拐事件が嫌いな僕は、本書を読むのは初めて。なかなかの傑作で、明子夫人を見直してしまいました。