新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

回路に仕込まれたウイルス

 以前「ミッションMIA」「樹海戦線」を紹介したJ・C・ポロックの第三作が本書(1985年発表)。前者を架空戦記、後者をアクション小説に分類したのだが、本書は軍事スリラー(本当は政治スリラー)と考えるべきだろう。それでもストーリーの基本線は変わっていない。特殊部隊の猛者が、圧倒的に優勢な敵と戦う物語である。

 

 本書でも二度にわたって敵地チェコスロバキアに空挺降下するケスラー曹長は、武器の選択や地形の偵察、潜入時に使うツール(偽身分証明書等)に細心の注意を払う。自らの分隊の兵士は自分も含めて現地の言葉や風習を熟知しているのだが、元海兵隊員とはいえ素人同然のエイドリアンを同行することになり、彼に空挺降下のやり方着地の仕方、短機関銃の撃ち方などを懇切丁寧に教え込む。

 

 高高度降下低高度開傘(HALO)という技術を知ったのは、多分20歳代の時に読んだ本書が初めて。その輸送機からの飛び出し方、空中での姿勢の取り方、分隊の降下制御法や着地後の始末まで、数ページにわたり綿密に紹介されている。

 

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 事件はCIAのスパイであるが長年ソ連でミサイル開発に従事してきた科学者が、学会で訪れたプラハで亡命を計ろうとするところから始まる。これにはソ連側だけでなくCIAも驚いた。なぜならCIAはソ連の核ミサイルを無力化する「Trojan Horse」作戦の仕上げにかかっていて、この科学者が持ち出したブリーフケースにはこの作戦を瓦解させる資料が入っていたからだ。

 

 本書のアクションシーンは前二作に比べてやや抑えめなのだが、この特殊な作戦が本書を非凡なものにしている。ソ連が米国のコピー兵器をたくさん作ったことは有名だが、ミサイル制御用の回路もコピーして自国の兵器に搭載していた。それを逆手に取った米国CIAは、ウイルス入りの回路をコピーさせ量産配備させる「Trojan Horse」を実行したのだ。僕が知る限り、ハードウェアに仕込まれたウイルスを扱った小説は本書が初めてだ。

 

 CIAはこの作戦を、大統領以下一桁の人物にしか知らせていない。亡命騒ぎで必要に迫られたCIA長官がある上院議員に秘密を告げるのだが、この二人の政治的激論も10ページ以上にわたる。冷戦末期にあり得たIFの話で、アクションもロマンスも十分。なかなかの傑作だと思います。