新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エヴァン・ハンターの短編集

 多くのペンネームを駆使して、いろいろな作風の長短編を世に出した多作家エヴァン・ハンター。生まれた時の名前はサルヴァトーレ・ロンビーノ、後にハンターと本名も変えている。本名名義の作品では。「暴力教室」というハイスクールの学級崩壊を描いたものを読んだのが唯一だ。

 

 初期のころにはカート・キャノンという酔いどれ探偵を主人公にしたシリーズなどを書いていたが、エド・マクベイン名義で発表した「87分署シリーズ」が大当たり、一躍有名作家の仲間入りをしている。架空の大都会アイソラで活躍する刑事群像の物語で、僕が好きなシリーズのベスト5に入る。

 

 本書には7編の短編が収められているが、表題作「逃げる」を除いては全てハンター名義、「逃げる」だけがマクベイン名義である。表題作だけは殺人が出てくるが、あとは普通小説、あるとしても事件の疑惑程度で解決もされない。「人生の断面を描いたヴァラエティ豊かな」と帯にあるように、ミステリ・サスペンス・ロマンスからSF調まで作者の作風の広さを示す編集である。

 

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 「87分署シリーズ」では、「都会の夜は若く、彼もまた若かった」などと美文調で入り刑事たちのウィットに富んだ軽口に移っていくのだが、本書の諸作は淡々とした語り口でケレン味を感じさせない。趣向もいろいろで、冒頭の「インタビュー」では最初から最後まで、記者が映画監督にインタビューする会話だけで成り立っている。風景描写も何もない。その中で、主演女優の事故死の顛末や、監督が意図的に彼女を死に至らしめた可能性が描かれる。疑惑が最大限に膨らんだところで、インタビューは終わる。

 

 こういう語り口のうまさが、エヴァン・ハンターの特徴なのだ。1950年代から書き継がれてきた「87分署シリーズ」の56作目「最後の旋律」を2004年に発表し、巨匠は翌年死去した。享年80歳。