多くの日本人にとっての「三国志」と言えば、「桃園の誓」に始まり「秋風五丈原」で終わる物語である。三国のうち一番小さかった「蜀」の滅びの美学が心に残る。横山光輝のアニメにもなり、人形劇やTVドラマにもなった。しかしこの原本は「三国志演義」である。真の「三国志」は、「魏」すらも滅びて新国家「晋」の登場までが描かれている。
「小説十八史略」「中国四千年」など中国の歴史を日本語で書かせたら、No.1は間違いないのが陳舜臣。本書は名作と言われる「諸葛孔明」と並んで、作者がこの時期を扱ったものである。主人公は、「演義」では悪役のボスキャラである曹操。彼の24歳で地方の県令だったころから、「魏王」になり66歳で死ぬまでを描いている。
宦官だった祖父の為した財と地位で、曹一族は漢王朝でそれなりの力を持つのだが、「その他大勢の貴族」程度である。人相見に「治にいては姦賊、乱にあっては英雄」と言われた彼は、王朝の乱れに拠って徐々に力を伸ばしていく。
黄巾の乱の平定に寄与し、「青洲先生」という老人から30万人の兵力を譲り受けて漢王朝の最右翼に躍り出る。それから後は「演義」で語られる多くの戦いで勝利、「赤壁」では敗れたものの、「魏」を立て「呉」と「蜀」を仲たがいさせて天下をほぼ手中にする。
面白いのは、彼が子供のころから好きだった従姉妹の紅珠という女性の存在。同族だということで結婚させてもらえず、彼女は嫁ぎ先が皆殺しにされる時に曹操に救出されるが、死んだことにせざるを得なかった。そのため表には出ず、丞相になった彼にも直言できる「幽霊」になった。
作者の創作かどうかはわからないが、劉備と曹操が秘密の同盟関係にあったとか、紅珠救出時に関羽に助けてもらったという話が盛り込まれている。確かにいつでも討ち取れるはずの劉備を曹操は見逃しているし、関羽も助けている。「演義」では劉備側の幸運が続いたり関羽・張飛が超人的に戦ったり、孔明が天才的な戦術・戦略を見せたことになるのだが、作者の説の方がずっと説得力がある。
曹操は武人ではあるが、この時代きっての詩人でもあり、多くの作品が残されている。「演義」に言うような悪逆非道の人物とするには無理があるように、僕も思う。実は「諸葛孔明」も買ってあります。また逆の視点からの「三国志」でしょう。楽しみです。