新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

千草検事の哀しき解決

 本書は土屋隆夫の「千草検事もの」の中でも名作とされ、日本のミステリーxx選を編纂してみれば恐らく選ばれると思われる。作者の数少ない作品(15長編)の中でも千草検事が登場するのは5作品しかない。

 

・影の告発

・赤の組曲

・針の誘い

・盲目の鴉

・不安な産声

 

 これまで「影の告発」は以前ご紹介した。他の4作のうち「赤の組曲」以外は買ってあって、大事に読もうと思っていた。本書の発表は1980年、デビュー当時(1963年)の千草検事は家庭でも結構な亭主関白だったが、本書では奥様に「躁鬱病の初期」ではないか言われて可愛い夫婦喧嘩をしている。これは日本の家庭の17年間の変化を表わしているように見える。ただ検事のクリーンなスタンスは何も変わっていない。

 

 本書でも刑事が容疑者を「逮捕して取調室で向かい合えば、自供しますよ」と言うのだが、検事は「証拠で追い詰め、論理で責めたてる。容疑者のいかなる否認も打ち崩す絶対の槌を手に入れるまでは逮捕」させないと応えている。

 

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 「オリンポスの果実」で知られる作家田中英光の特集で評論を依頼された文芸評論家真木は、英光が傷害事件を起こした時尋問にあたった引退警官が長野県にいると聞いてインタビューに出かけた。しかし小諸駅前で迎えの女と会った以降の消息が途絶えてしまう。

 

 一方、世田谷の喫茶店でコーヒーを飲んだ劇作家志望の青年が、青酸カリで毒殺される。この2つの一見無関係な事件の捜査が並行して描かれるが、真木の上着と切断された小指が見つかり、一緒に「私もあのめくら鴉の」と書かれたメモの一部もあった。劇作家志望の青年も死に際に「白い鴉」と言い残していた。「鴉」のモチーフはどこでつながるのか・・・。

 

 真木は幼いころ、田中英光の自殺現場を目撃していた。そして幼馴染の女の子「さなえちゃん」の記憶も、彼の人生に大きな影響を与えていた。そして「早苗」という娘が捜査線上に浮かぶのだが、彼女は昨年焼身自殺をしていた。

 

 400ページ中200ページあたりで犯人の見当はつくのだが、容疑者には鉄壁のアリバイがあった。2つのトリックも鮮やかなのだが、犯行の背景にある哀しい物語が読者の胸を打つ。ミステリーとしても普通小説としても、本書は「名作」だと思いました。