新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

20,000件の検視

 本書は「死体は語る」で知られる検視官、上野正彦先生のエッセイ風の読み物である。「風」と言ったのは、軽い語り口ながらその内容は非常にヴィヴィッドなものであるから。特に第二章の60ページ全部を使って、自殺すると死体がどうなるのかを克明に説明している。とても転記する気力がないが、一部を紹介すると、

 

・首つり自殺はとても苦しい。死ぬまで4分以上かかることもある。

・飛び降り自殺は体内が破壊される。死体はマリオネット人形様になる。

・入水自殺は死体が膨張したり腐乱したりして見つかる。見良いものではない。

 

 のほか、鉄道・感電などの死体のあり様を読んでいると、自殺だけはやめようという気にさせられる。若い男女が心中したケースも取り上げられていて、マスコミは「天国に結ぶ恋」などと書き立てるが、とてもそんな綺麗なものではないと筆者は警告する。

 

 筆者は現役を引いてからも時々呼び出されるようで、これまでに約20,000体の死体を検分している。その一方医師免許を持ちながら、活きている患者は診たことがない。飛行機の中で「急病人です。お医者様はいらっしゃいませんか」と問われても、ギリギリまで名乗り出ない。まさか「亡くなったら診て差し上げます」とは言えないだろう。

 

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 実際の事件の記述も豊富で、多くは仮名になっているが、オウム真理教坂本弁護士一家殺害事件などいくつかは実名で被害者などが登場する。弁護士一家の長男龍彦ちゃん(1歳)の死体が長く見つからず、土中で半ば死ろう化・半ば腐乱していたケースなどは涙を誘う。

 

 八王子のスーパーで居直り強盗が3人を射殺した事件(1995年)では、犯人の殺し屋能力の高さが取り上げられている。3人とも拳銃で脳幹(脳の中央部、ここを外れれば頭を撃たれても即死はしない)を正確に撃ちぬき、1人には念を入れてとどめまで刺している。しかし強盗そのものは稚拙で、金庫を開け損ねたり、逃げ損ねたりしている。筆者は、自分の担当外としながらも、犯人はどんな人物だろうといぶかっている。

 

 また監察医という仕事は、非常に危険だとも述べている。死体から結核を感染させられた監察医もいるようで、ゴム手袋を2重にするなど慎重の上にも慎重な作業が必要だとある。それなのに医師の中では一番収入の低い商売だとあって、今後監察医の成り手不足が懸念される。ミステリーに不可欠な「監察医」の裏話、興味深いものでした。