新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

女王円熟期の傑作

 本書の発表は1940年(1941年とする説もある)、まさに英国にとって一番苦しかった「There Finest Hour」のころだ。今にもヒトラーの軍隊が上陸してくるのではないかと思われた時期なのに、ミステリーの女王はこのような傑作を書き上げた。

 

 1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューしたアガサ・クリスティ、「アクロイド殺害事件」などの一発ものはあったが、家庭問題もあってスランプに陥る。しかし1930年代中ごろから、洗練されたトリックで真価を発揮し、このころは円熟期だった。

 

 本書の舞台はブリテン島西海岸、スマグラーズ(密輸)島のジョリー・ロジャー(海賊)ホテルである。この島は本土とコンクリート製の私道でつながっているだけの孤島。いくつかの湾と島を巡る遊歩道、海水浴場からなっている。この夏には、ポワロも休暇でホテルに滞在している。

 

    f:id:nicky-akira:20200520153641j:plain

 

 絶世の美女で女優のアリーナは、夫のマーシャル大尉と先妻の娘リンダの3人でホテルにやってきた。彼女はスキャンダルの女王でもあり、幾多の浮名を流し老貴族から遺産5万ポンドを相続している。滞在客の男性はみんな彼女を見るし、女性客は眉を顰める。ある牧師は「彼女こそが悪魔だ!」と叫ぶくらいだ。

 

 彼女はさっそくイケメン青年のパトリックと仲良くなり、人目もはばからない。パトリックの小柄な妻クリスチンは、おろおろするばかり。もちろんマーシャル大尉も心穏やかではない。彼とリンダには、彼の幼馴染のロザモンドが寄り添って慰めている。ポワロはそんな滞在客の様子を「事件が必ず起きる」と見ていた。

 

 ある朝早起きしたアリーナは、ポワロに見送られて島の西の湾に泳ぎに行く。ところが昼前後にパトリックたちが西の湾に行くと、扼殺死体になっていた。駆け付けたウェストン警視正らとポワロが捜査を始めるのだが、関係者すべてに鉄壁のアリバイがあった。

 

 ポワロが終盤に並べたてる事件のカギが面白い。香水、ハサミ、ロウソクの包み、バスタブから水を流す音、窓から投げられた瓶・・・。読者はこれらの意味にさんざん迷うことになる。多分女王の得意技のアレだなと思って犯人の目星をつけるのだが、これらのカギがうまくはまらない。

 

 いや久しぶりに、騙されていい気分になりました。ある評論家が「ポワロって本当はすごい人では?」と言ってた意味が分かったような気がします。