池波正太郎作品以外の時代物はあまり読まない僕だが、ふとBook-offで手に取ったのが本書。言わずと知れた時代物の大家、藤沢周平の短編集である。解説によると、続編を含めて17編の「秘剣もの」が収められているという。本書には、
・邪剣竜尾返し
・臆病剣松風
・暗殺剣虎ノ眼
・隠し剣鬼ノ爪
・女人剣さざ波
・悲運剣芦刈り
・宿命剣鬼走り
の8編が入っている。この中の2~3編は映像化されたように思う。30ページ程度の短編を90分以上の映画にした例もあるから、原作一編一編が濃い内容を含んでいるように思う。
時代としては江戸時代、舞台としては地方の大名家、中流以下の武士の家で起きる様々な事件に、「秘剣の術」を持った侍が巻き込まれる話が多い。女性の剣士もいるが、彼らはおおむね身分が低く、あるいは部屋住み(次男・三男坊)で、大きな出世は望めない。剣術こそ優れているものの、太平の世では武術はあまり役に立たない。
各短編の冒頭から、その「秘剣」の名前は出てくるのだが、どのような剣なのかは分からない。最後の2~3ページでそれが明らかになる、ある種のミステリーのような筋立てである。
仕合いの時、わざと相手に背を向け撃ち込んでくるところを逆襲(後の先というべきか?)したり、ふところに呑んだ匕首で心臓を一突きにする奇襲、籠手ばかりを執拗に狙う攻撃手など、普通の武芸書にはない剣を軸に、これを最大限効果的に描けるシチュエーションを組み立てるのが作者の腕前というわけ。
面白かったのは「臆病剣・・・」の話。地震に震え上がったり、恫喝されると何もできなくなる情けない夫。「剣の達人」とのことで嫁入りした娘は「だまされた」と思うがそのうちにあきらめていた。ところが夫は若君の護衛を押し付けられてしまい、ついには暗殺者3名の攻撃をひとりで防ぐ羽目になる。必死に逃げ回っているように見えるのだが、その実一歩も下がっていない。「松に風が吹いても受け流すだけ」のような防御の剣である。
これも映画化できそうなストーリーです。どなたかメガホンをとってもらえませんかね?弱弱しい男と、剛毅な妻の配役なら、いくらでもいいキャスティングができそうですが。