水上勉という作家は、非常に幅広い作風を持った人。100冊を超える長編小説があり、直木賞・菊池寛賞・吉川英治賞・谷崎潤一郎賞・川端康成文学賞などを総なめにしている。代表作として取り上げられるのは、
・五番町夕霧楼
・飢餓海峡
などがあるが、偶然かどうかこの3作品は1963年に書かれている。本書はそのうちの一冊、作者としてあまり多くないミステリーであるが、まれにみる社会派ミステリーと言えるだろう。背景となっているのは、青函連絡船洞爺丸が台風を受けて転覆し多くの犠牲者を出した事件。函館湾は死体で埋め尽くされたという。ちょうど僕は函館に1週間滞在している間に、本書を読んだ。
事件の発端は1947年、函館の街にやってきた3人組。そのうちの2人はしばらく前に網走刑務所を釈放されたばかり、もう1人は180cm近い大男だったという。洞爺丸(本書の中では層雲丸)事件の前日函館の北の街岩舘で質屋一家が惨殺され、放火で街の相当部分を失うという事件もあった。函館の刑事弓坂は海難事件の被害者で身元の分からない2人に不審を持ち、調査をしたところ網走帰りの2人が溺死していたことを知る。
海難事件の翌日、下北半島の娼館に大柄な男がやってくる。男は娼婦の八重に世話になったと言って、大金を残して姿を消す。貰った金の幾分かで自分と親の借金を払った八重は、東京へ出てカフェの女給となる。
東京でさまざまな経験を積む八重だが、事件に巻き込まれて亀戸の娼館に隠れていたが「赤線廃止」で行く先に迷っていたところ、舞鶴で篤志家が多額の寄付をした記事に目を止める。樽見と言う立派な実業家の写真が、下北で出会った男によく似ていたのだ。舞鶴に向かった八重が樽見社長に会った時、悲劇が起きる。
舞鶴で死体で見つかった八重、その事件を追う舞鶴警察の味村刑事は、執念の捜査の末「層雲丸事件」にそのルーツがあることを確信する。10年経っていて弓坂も引退していたのだが、味村と弓坂のコンビはついに樽見を追い詰める。
戦争直後の日本の混乱期、配給物資の遅配や闇金の横行、地域の閉鎖性や前科者への風当たりの強さなど、当時の世相がヴィヴィッドに描かれます。映画化され、三国連太郎(主演男優賞)、左幸子(主演女優賞)、伴淳三郎(助演男優賞)を総なめにしてもいる。映画も見て感動しましたが、しっかりした原作あっての事と痛感させられました。