新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

連立方程式を解くように

 本書は、寡作家ながら日本のミステリー作家の中で最も精緻な本格ものを残した土屋隆夫の代表作。登場するのは、千草検事とその仲間の刑事たちである。多分40年以上昔に単行本で読んでいるはずだが、手に入ったのは光文社が「新装版」として出版したもの。3つの短編とエッセイが合本されていて、長編としては300ページほどの長さなのに、全体で450ページもの分厚い文庫本になっている。

 

 本書は1970年に新書版で出版されていて、当時の世相から児童誘拐事件や大学紛争がモチーフに使われている。千草検事が山崎事務官の自宅でお酒をご馳走をしてもらいい、いい気持で帰る途中に幼児誘拐事件に遭遇する。中堅菓子メーカーの路原社長の一人娘ミチルが、自宅からいなくなった。まだ1歳でよちよち歩きしかできないミチルちゃんだから、何者かが連れ去ったと思われる。

 

 翌日になって500万円を要求する脅迫状が見つかるが、路原夫妻は警察の関与を拒み続ける。誘拐犯側も2度身代金受け渡し場所を変えるなど、用心深い。千草検事以下の捜査陣は、ここで営利誘拐事件の鉄則に従い犯人に気取られない「見えない網」を張る。作者は東西の営利誘拐事件を分析して、犯人側が唯一尻尾を出す「身代金受け渡し」のバリエーションを示す。

 

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 身代金を指定された場所に持って行った母親が、離れた車から見守る夫や捜査陣の前で崩れ落ちる。夫が駆け寄るが、何者かに刺殺されていた。凶器は柄を外したキリ。路原夫妻の周辺には、彼らに恨みを持った男女もいるのだがいずれも決め手となる証拠がない。捜査陣はついに路原家に犯人がいるのではと疑うのだが、いずれにせよ、

 

・ミチルちゃんを連れだした共犯者X

・身代金受け渡し場所を指定する電話を掛けた共犯者Y

 

 は、必要だ。犯人が身内であればこそ、共犯者は作りたくないはず。千草検事らは、事件の連立方程式から、共犯者XYを消そうと推理を巡らせる。もうミチルちゃんは死んでいると考えていた千草検事のもとに、犯人は再度の脅迫状を送り付けてきた。それも遠く長野県から・・・。

 

 事件解決に余詰めがあってはならないとする土屋流のプロット、公衆電話やポラロイドカメラを使ったトリック、アリバイがないものが実はあるという逆説、ミステリーのお手本のような1冊でした。これは永年保存版ですね。