新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

千の顔と九の命を持った男

 本書(1996年発表)は、ジャック・ヒギンズの「ショーン・ディロンもの」の1編。これまでに「嵐の眼」「サンダーポイントの雷鳴」「密約の地」を紹介してきたが、いずれも初代「グレイマン」ともいえるディロンが活躍する物語だった。しかしその中でも、ディロンの魅力が最大限に生かされているのが本書ではないだろうか。これまでも経歴の断片は伝えられているディロンは、

 

・5フィート5インチ(本書ではそうなっている)と小柄

・王立演劇学院の出身で、ナショナルシアターに出たこともある

・小型機の操縦とスキューバの腕は超一流

 

 で、変装が巧みで「千の顔」を持つと言われている。「密約の地」で中国式拳法の奥義を学んだ彼は、プロボクシングのチャンピオンを素手で倒せるほどだ。

 

 本書では、1985年にスコットランドでトラックごと奪われ行方不明になっていた5,000万ポンド相当の金塊が、1995年に再び登場して、IRA・マフィア・アイルランド王党派・英国情報部がそれを奪い合うストーリーが展開する。

 

 1985年に王党派闘士マイケルは、姪のキャサリンと金塊強奪を企む。本部からキーオーという凄腕の派遣も受けて強奪は成功するのだが、アイルランドに海輸中にスコッツランド沖で船は沈んでしまう。

 

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 その後米国に逃亡していたマイケルだが、金塊のことをマフィアに嗅ぎつけられ、1995年に姪ともどもアイルランドに連れてこられてしまう。マフィアは金塊を引き上げるつもりだ。これを察知したホワイトハウスダウニング街10番地に連絡、英国情報部ファーガスン准将のチームが金塊回収に乗り出す。

 

 元IRAの闘士だったが今はファーガスン准将の切り札工作員であるディロンは、本書では複数の大活躍をする。クリントン大統領がメージャー首相を訪問する際の警備に問題があるとして、単身警備をかいくぐってクリントン大統領に挨拶に行く話は、ストーリーとしては脇道なのだがとても興味深い。再三のピンチにも顔色一つ変えることなく、昔のIRA仲間からは「あいつは9つの命を持っているから」と不死身ぶりを称えられたりする。

 

 冒険小説によくいる2m近い大男・・・ではないので(小柄な僕には)親近感のわくヒーローです。本棚には、あと1冊彼の冒険譚が残っています。