新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

地中海の異邦人たち

 作者のパトリシア・ハイスミスは「見知らぬ乗客」(1950年発表)でデビューしたサスペンス作家。1955年に「太陽がいっぱい」でフランス推理小説大賞を受賞、本書(1964年発表)で英国推理作家協会賞外国作品賞を受賞している。米国テキサス生まれの作者だが、もっぱら欧州を舞台にした作品を書き、スイスで亡くなっている。

 

 本書の舞台も欧州、ほとんどは地中海、それもギリシアで物語が展開する。1/4近くがクレタ島の遺跡が舞台になっているが、多くのミステリー・軍事小説を読んだ僕もクレタ島での物語は記憶がない。第二次世界大戦時、ギリシア領のこの島にドイツの降下猟兵が侵攻して占領する話くらいだ。

 

 表紙の絵も恐らくはクノッソスの遺跡を描いたものだろう。温暖な気候で生活に変化がなく、住民たちはウーゾという蒸留酒をあおりながら十年一日の暮らしをしている。そこに3人の米国人がやってくる。25歳のライダルは良家の生まれだが、少年のころ犯罪に巻き込まれた暗い過去を持っている。ハーバード大は出たものの、欧州を流れ歩いてアテネまでやってきた。押し出しの立派な42歳の男チェスターは、実は詐欺師。25歳の豊満な妻コレットを連れて、米国から逃げてきた。

 

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 多額のドル札を持ってホテルを移っているうちに、チェスターはギリシアの刑事に目を付けられてしまう。ホテルの部屋で追及されたチェスターは勢い余って刑事を殺してしまい、偶然居合わせたライダルの助けを借りてアテネの街を逃走する。ライダルの悪友たちはカネさえ出せば、偽パスポートでも逃走用の切符でも手に入れてくれる。

 

 別名義のパスポートを持った夫婦は、ライダルと共にクレタ島へ渡る。どこへ行っても札びらを切る3人の異邦人は、地元の人たちの視線など気にしないでクレタ島の滞在を楽しむ。しかしコレットがライダルに色目を使うようになって、3人の間に暗雲が立ち始める。コレットを巡る2人の男の対立は悲劇を生み、2人はクレタ島からアテネに戻り、ついにパリまで逃走する。

 

 欧州の文化の中に置かれた米国人は、作者そのものの姿だったのかもしれません。原題はヤヌスの2つの顔と言う意味です。ヤヌスは前後に顔があって過去と未来を見通せる神。その意味は最後の10ページでわかります。