新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

被害者の肖像

 いわゆるミステリーベストxxを選ぶと、かつてはベスト30くらいには必ず入っていたのが本書。モスクワ特派員などを経験したジャーナリストが、1950年に発表したものだ。アンドリュー・ガーヴは英国人、本書の前に習作ミステリー数編を発表した後、本格的に作家になろうとして本書を書いたという。発表後から評判は上々、新しい感覚の本格ミステリー作家が登場したともてはやされたが、以降の作品は「本格」とはいいづらい冒険小説になっていった。

 

 本格ミステリー大好き高校生だった僕は、ようやく見つけた本書を読んでびっくり(というかがっかり)した記憶がある。350ページ中残り100ページで真犯人が自供を始め、あとはその後日談のようになってしまったからだ。ただこれは本書を「本格」と紹介した書評家や出版社が悪いのであって、僕は立派な「変格ミステリー」だとあとで思った。

 

 平凡な公務員のジョージがある日帰宅すると、妻のヒルダがガスオーブンに首を突っ込んで死んでいた。当初自殺説もあったが、オーブンのつまみに妻を助けようとしたジョージの指紋しかないことなどから、他殺と判定される。さらに状況証拠が重なってついにジョージが逮捕され、裁判が始まろうとしていた。

 

        f:id:nicky-akira:20190827183251j:plain

 

 ドイツに駐在しているジョージの戦友マックスが英国に休暇で帰国し、ジョージの無罪を信じて、真犯人さがしを始める。その過程で、ジョージがいい妻だと言っていたヒルダが「人を怒らせることの天才」だった実像が、娘や関係者の証言から浮かび上がってくる。傍若無人なふるまいをしてまったく悪びれず、他人がどれだけ説得しても・脅しても・すかしても「馬耳東風」を決め込む大柄な女。

 

 ヒルダは物語冒頭に死んでいるのだが、彼女のイメージが生きている人間以上にヴィヴィッドに描かれる。間接的に被害者の肖像を浮き彫りにする手法は、非常に斬新なものだった。実はこの物語の主人公はジョージでもマックスでもなく、ヒルダなのだ。一見無垢に見える彼女の挙動に関係者は一様に激怒してしまうから、マックスの行く先々にヒルダを殺したいと思っている人物が現れる。

 

 高校生の時に読んで、上記がっかりした以上に「女の怖ろしさ」を知らされた書でもある。僕が大柄な女性が苦手で、結婚が遅くなる原因となった作品なのかもしれません。