新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

山男善人説を覆し

 以前「高層の死角」「新幹線殺人事件」を紹介した森村誠一は、初期の6長編が第一期と言われている。今は「棟居刑事もの」などシリーズ作も多いのだが、このころは全て舞台の違う単発ものを発表していた。本書はその中の第五作にあたる。

 

 ホテルマンを10年勤めて人間を見る目を養ったと評論家の推薦状にあるように、組織(特に大企業)の中で生きる人間像には冷たいスタンスなのが特徴。本書でも主人公の美女湯浅貴久子を通り過ぎる3人の男のうち、一人は一流商社、一人は都銀に勤めていていずれも会社幹部の娘との縁談で貴久子に別れを告げる。本書発表の頃は高校生だった僕、その後社会人になって思ったのは作者のこの考えはステレオタイプすぎないかということだった。

 

 この点を除けば、本書はなかなかの力作である。各々数ページにわたる断崖登攀のシーン、死者を荼毘に付すシーンは圧巻の迫力を持っている。冬山に挑む装備についても詳細な記述がある。ただ高校生の時に読んで大変そうだなと思ってしまい、山に登る趣味というのは完全にあきらめた。

 

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 最初の恋人に去られて自暴自棄になり、冬山で倒れた貴久子を救ってくれたのは影山と真柄という二人の山男。3人での交際が始まり、やがて貴久子は才気煥発な影山に惹かれて結婚の約束をする。無骨な男真柄も貴久子を好いていたのだが、2人を祝福する。3人は信濃大町に近いK峰登山を企画、先行する影山が山頂からライトで信号を送りふもとの山小屋にいる貴久子に合図することにした。

 

 しかしその夜、合図に続いて貴久子が見たのは「SOS」の信号だった。急を聞いて救助に向かった大町警察熊耳警部補らは、山頂近くで影山の死体を発見する。当初は落石に当たった事故と思われたのだが、ヘルメットの壊れ具合に不審を抱いた熊耳は、独自の調査を始める。他殺と信じた彼だったが、現場は絶壁や雪田に囲まれた「密室」、唯一の容疑者には鉄壁のあリバイがあった。

 

 トリックそのものは難しいものではないが、山男でもある熊耳警部補の執拗な捜査は面白い。反面、ヒロイン貴久子の心理描写にはややうなずけないところもある。作者は大学ではハイキング部、山歩きは趣味だということで「山男」の行動や心理にはリアリティがある。「山男善人説」も丸々信じるのは無理がありますよね。