新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ドロミテ・アルプスの金塊

 本書の作者ハモンド・イネスは、英国冒険小説の先駆者である。1937年に「ドッペルゲンガー」でデビュー、一貫してジョン・ブル魂にあふれた英国男の冒険譚を書き続けた。別名含めて40冊ほどの著書があり、「キャンベル谷の激闘」や「メリー・ディア号の難破」などは映画化もされている。

 

 のちのアリステア・マクリーンやデズモンド・バクリイらに強い影響を与えたとされ、英国での人気は高い。日本でも多くの作品が翻訳・出版されているが、最近はほとんど書店で見かけなくなってしまった。より刺激の強い作品が世間にあふれているからかもしれない。僕自身も30歳代のころ1~2冊読んだ記憶はあるのだが、Book-offで本書を買ってきて作者の作品を紹介するのは初めてである。

 

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 第二次世界大戦が終わった直後のロンドン、戦前そこそこの実績があったライターであるブレアは、復員後職に恵まれず妻子とも別れて暮らしていた。そこに元英国情報部で上官だったイングレスから、奇妙な依頼を受ける。イングレスは今は映画監督をしていて、ブレアにイタリア北部ドロミテ・アルプスに3ヵ月滞在し、山荘に出入りする人間、特にカルラというイタリア女を見張って報告することを要求する。

 

 この山荘は一時期ナチの戦犯が所有していた。その戦犯は逃亡を繰り返していたがさきごろ拘置所で自殺、山荘には彼がナチの金塊を隠したという噂がある。ブレアの到着と前後して、山荘には怪しげな人物が続々現れる。シチリア・マフイアと思しき男、ナチスといわくのあるギリシア人、ウェールズ人の元英軍砲兵将校、アメリカ人のカメラマン・・・そしてついに戦犯の愛人だったカルラが登場する。

 

 雪が降り始めたばかりなのだが、ドロミテでは根雪があってスキーで往来することになる。ブレアは一度スキーで氷河を見ようと連れ出され、遭難して死にかける。冒険小説の常として、人間よりも自然の方が恐ろしい。雪で閉ざされた山荘周辺の風景描写は美しいのだが、僕自身がスキーも登山もしないのでいまいちリアリティが感じられない。

 

 ストーリーも昨今の「めまぐるしい展開」ではないし、ブレアが冴えた諜報をするわけでもない。作者の本が書店に見当たらなくなった理由は分かったような気がします。あとは映画の原作となった2作品を探すことにしましょう。見つかれば・・・ですが。