これまで何作か井沢元彦の歴史ミステリーを紹介しているが、本書はその中にある「謀略の首」と同様織田信長が探偵役を務める。「謀略の首」は石山本願寺攻防戦と毛利水軍との合戦を背景にした長編小説だったが、本書は7編を収めた短篇集。小説現代に、1981~83年の間に掲載されたものである。いろいろな時代・舞台設定で、信長の41~47歳の間に起きた(かもしれない)事件集である。
語り部となっているのは、安土セミナリオ(神学校)に勤める日本人修道士、名前は出てこない。ルイス・フロイス司教やオルガンチーノ司祭など南蛮人も多く登場する。信長は仏教の僧侶たちが嫌いで「宗教を隠れ蓑に金品を貯え、贅沢をし、兵まで養っている」と迫害した。本書にも特に過激な日蓮宗の僧侶を、キリスト教の司祭と論争させている。
1編30ページほどの中に、不思議な謎、織田家もしくは信長自身の危機、合理的で意外な解決が盛り込まれた、なかなか面白い短編集である。信長が南蛮渡りのテクノロジーや制度に興味を示すシーンも多い。一方で、木製の不動明王像が密室で武士を青銅製の剣で突き殺したような、不思議なシチュエーションも登場する。金毛天狗が宙に舞ったり、火縄銃で撃たれても平気なことなど「キリシタン・バテレンの妖術」と多くの人が恐れても、信長だけは合理的な解決を考え続ける。
「二つ玉の男」では、実在の暗殺者杉谷善住坊が登場し、信長の命を狙う。当時の火縄銃は有効射程100m、最大射程200mほどなのに、善住坊は500m以上の距離から銃を放つという。通常狙撃手というのは一発放ったら静かにその場を去るものだが、善住坊はもう一発空に向けて放ち「我は善住坊なり、何某を討ち取った」と大音声で名乗るという。家中の者が狙撃されてから、信長は外出を控え、間道を通って京から岐阜に帰ろうとするのだが・・・。
日本の時刻の刻み方(例:暮れ六つ)と南蛮時計の違いからアリバイを崩す話、信長を悪人呼ばわりした遺書の謎、アドニスという少年像に触れて死んだ奥女中、鉄砲2,000丁と硝石を買うと言われたカピタンのビジネス感覚・・・など時代背景に小気味よいトリックを組み合わせた連作推理だった。
作者のデビュー間際の作品で、後の「逆説の日本史」のような力作ではなくても、気軽に読めるエンターティンメントでした。