新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

白皙の名探偵岡部警部

 昨日、巨匠内田康夫のデビュー作「死者の木霊」を紹介した。作者の膨大な作品に登場する名探偵浅見光彦は第三作の「後鳥羽伝説殺人事件」でデビューするが、初期のころにはデビュー作の長野県警竹村警部や、本書の主人公警視庁捜査一課の岡部警部が主役の座を分け合っていた。

 

 岡部警部は「死者の木霊」でもちょっと顔を見せるが、トラベルミステリー好きの作者としては東京都内の事件しか担当できない岡部警部の出番を作るのに苦労したのかもしれない。長身でスリム、白皙の好男子で、もちろん推理も切れる岡部警部は、初期に作者が最も好んだ「名探偵らしい名探偵」のような気もする。

 

 「生きた化石」とも言われる古代魚シーラカンス、日本の学術調査隊がコモロイスラム共和国でこれを捕獲したのは事実である。作者はこれをヒントに、本書の想を練った。作中も「学術探検隊」が同国からシーラカンスを持ち帰るところから、物語は始まる。探検隊は、魚類学者の助教授・実業家・若い学究隊員3名・映画カメラマンと新聞社の記者の7名だった。

 

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 助教授や実業家が資金集めをするのだが、十分集まらない。そこを補填したのがその大手新聞社、条件は記者を同行させること・捕獲できた場合は関連報道やイベントは独占できることだった。この契約期限は年末までとなっていた。勇躍現地に赴いた探検隊だが、捕獲できないまま年末になってしまった。記者の一条は、ミッションは失敗だったと一人でローマに向かった。ところが元旦の夜、古代魚が獲れたのだ。

 

 一躍有名になって古代魚ともども帰国した探検隊だが、一条記者は収まらず探検隊メンバーに会おうとする。ただ帰国した後の一条の足取りは、ぷっつり途絶えた。一方若い隊員の一人が、職場でもある三崎のマリンランドの水槽で他殺体となって見つかった。神奈川県警が、隊員殺しは一条の犯行、その後失踪とのシナリオで捜査をする中、岡部警部は一条犯人説に疑問を持つ。

 

 背景設定は非常にユニークなのだが、事件の方は極めてオーソドックス。直接の担当ではない岡部警部は、組織のタテワリに悩みながら重要な手がかりを発掘してゆく。大技ではないものの、細かなトリックの組み合わせはさすが。作者の本格ミステリー観がよく現れた作品だと思います。後には「書き流し」と思える作品も増えるのですが、このころはまだ、「本格の旗手」としての意気を感じますね。