新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マニピュレーションの到達点

 本書(1963年発表)は、エラリー・クイーン後期の作品。ライツヴィルものではなく、ニューヨークを舞台にクイーン父子とお馴染みのヴェリー部長刑事らが登場する。とてもニューヨークにあるとは思えない四角形の古い洋館である「ヨーク館」、四隅を対称形の城塞が占め中央が庭園となっている。第二次世界大戦前に富豪ナサニエル・ヨークが建てたもので、現在はその孫にあたる従兄妹同士4人が4つの城塞に住んでいる。

 

 ナサニエルの遺産は膨大だが、4人の相続人に分け与えられているわけではない。基金として館全体の維持に使われるほか、相続人たちの生活費にも充当されている。4人はいずれも未婚で、50歳近くなり秘書やコンパニオンを雇うものもいれば、自分の殻に閉じこもったりバクチに浪費するものもいる。館の維持管理は、記憶喪失を患った作男ウォルトが担当している。

 

 相続人のひとりロバートは、ナサニエルの遺言によって近々遺産の大半を相続することになっており、4人やその周辺の人たちの間に緊張が高まっていた。そんな折、ウォルトのもとに「Y」と名乗る相手から、秘密の指令が届き始める。<私は君が好きだ>というこの相手に、愚鈍なウォルトは唯々諾々と指示に従う。

 

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 「Y」が最初に狙う相手は最大相続人のロバート、彼の時計で計ったような行動を見透かして「Y」はウォルトに殺人指令を下す。ロバートのもとには「ヨーク館」の彼の住居を模したカードが届き、ロバートが城塞の塔からの落石で頭を潰されて、クイーン警視の部隊が動き始める。

 

 執筆に疲れて、あるいは好敵手(犯人のこと)に恵まれずに作品が書けなくなっているエラリーと、父親の痴話げんかなどはやや冗長。しかしウォルトに届く指令と引き続き起きる怪事件は、エラリーを目覚めさせるものになった。ロバートに続いて他の相続人のもとにもカードが届き、死者が増えていく。

 

 晩年のエラリー・クイーンは、マニピュレーションを多用する。実は初期の代表作「Yの悲劇」でもこれは使われていた。「Y」のモチーフを持ち出した作者には、本書のマニピュレーションを頂点とする意図があったように思う。同時に多用される「言葉遊び」、英語を母国語としないものには難しい話だが、今回も「宙返りする犬」という言葉がカギを握っていた。

 

 すでに編集者への注力が多くなっていた時期、作者(たち)のマニピュレーションへの想いが詰まった力作でした。